Avsnitt
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かの有名な土佐日記、
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」もとい
「あの人もすなる移住といふものを、私もしてみむとてするなり」
ということで、同じ時期に土佐へ移住した
私たちという観点で自己紹介してみました!
(参考資料)
1、土佐日記
土佐日記は、平安時代の歌人である紀貫之が、935年頃に書いた日本文学の代表作です。日本最古の日記文学の一つであり、「日記」でありながら文学作品としても非常に高く評価されていま
す。
①どんな内容?
物語は、紀貫之が土佐国(現在の高知県)で国司の任期を終え、都(京都)へ帰る約55日間の船
旅を描いています。
旅の中では、
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船旅の苦労や天候
各地の風景
家族や旅人との交流
娘を亡くした悲しみ
和歌を詠み交わす様子
などが、繊細な感情とともに綴られています。
②なぜ「女性が書いた」という設定なの?
最も有名なのが冒頭の一文です。
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」
現代語にすると、
「男の人も書くという日記を、女の私も書いてみようと思って書きます。」
という意味です。
実際の作者は男性である紀貫之ですが、あえて女性になりきって書いたことが大きな特徴です。
当時、
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男性の公的な文章は漢文で書くのが一般的
女性は仮名文字(ひらがな)を使うことが多い
という時代でした。
紀貫之は、女性の視点を借りて仮名で書くことで、役人としての記録ではなく、人間としての感情を自由に表現しました
2、アラフォーの私たちが育った時代は「こうあるべき」「こうしなきゃ」「みんながしているから」が強かった?
とAIに聞いてみた!
①時代背景:「逃げ切った親世代」の価値観の刷り込み
私たちが子ども時代を過ごした1990年代〜2000年代前半は、バブルが崩壊したものの、まだ世
間には「良い大学を出て、大企業や公務員(お堅い職業)になれば一生安泰」という昭和の成功
モデルの残像が強く残っていました。 私たちの親世代(団塊の世代やその少し後)は、まさにそ
のレールに乗って逃げ切れた、あるいはそれを「正解」だと信じて疑わない世代です。そのため、
家庭環境としても悪気なく「ちゃんとした仕事に就きなさい」「みんなと同じようにしなさい」という教
育になりがちでした。
②学校教育:「みんな一進同体」の横並び意識
私たちが受けた教育は、まだ個性を伸ばすことよりも、「減点されないこと」「周りからはみ出さな
いこと」が評価される時代でした。 就職活動の時期(ロスジェネ後期〜リーマンショック前後)も、
みんな同じ黒いリクルートスーツを着て、どれだけ社会の型(漢文)に自分をはめ込めるかを競わ
されました。この経験が「レールを外れたら終わりだ」という恐怖心をより強固にしたのです。
実際には、1990年代から2000年代に育ったアラフォー世代は、
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終身雇用の価値観がまだ強く残っていた
「安定=幸せ」という考えが広く共有されていた
学歴や就職で「失敗しないこと」が重視される風潮があった
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この番組は、辺境の地で子育てをしながら、
「正解」だけじゃない選択肢を大切に生きている私たちの
聴くとちょっと肩の力が抜けるラジオです。
もともとお堅いサラリーマンをしていた私たちが、
世界一周や海外生活を経て、高知へ移住。
地域おこし協力隊で有機農業をしているやすはと
山奥でチャイ屋を営むチェコがお送りします。
初回は、
なぜラジオを始めたか?
です。
「ちゃんとしなきゃ」と思ったことが
ある人は、ぜひ聞いてみて下さい。
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