Avsnitt

  • 『さるぼぼ〜魂を導くもの』は、飛騨地方に古くから伝わる「さるぼぼ」にまつわる不思議な縁を描いた物語です。
    「さるぼぼ」は、子どもや家族の幸せを願い、大切な人を守るお守りとして親しまれてきました。

    本作は、Podcast番組 「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種プラットフォームでもお聴きいただけます。
    飛騨の風景とともに、さるぼぼが導く奇跡の物語を、ぜひ耳でもお楽しみください(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <シーン1/古い町並にて>

    ■SE/古い街角の雑踏

    「ママ」

    え?

    小さな声に振り向くと、軒先のさるぼぼと目が合った。

    雑貨屋に置かれた手のひらサイズの人形。

    赤い色が微笑んだように見えた。

    私は、東京からふるさとへ戻ったばかり。

    先ほど、不動産屋さんで住居を探してきたところだ。

    まあ、よくある話。

    慣れない東京で人間関係に疲れ、逃げるように高山へ帰ってきたってわけ。

    ホントは、奥飛騨に空き家を借りて隠遁生活を送ろうと思ってたのに。

    それを不動産屋さんに伝えると、露骨に顔を顰めた。

    ”冬山で1人で空き家に?”

    ”携帯の基地局も離れているからつながらないし”

    ”第一、女性が1人暮らしするところじゃない”

    結局あきらめて店を出た。

    ひさしぶりに散策する高山市内。

    そのとき、この小さな赤い顔に出会ったんだ。

    さるぼぼをとろうと伸ばした手の先が何かに触れる。

    「あ、ごめんなさい」

    それは、誰かの右手。

    私よりひとまわりくらい年上の男の人だった。

    年齢の割に幼い表情。

    はにかんだ笑顔はきっと好感度も高いんだろう。

    お互いに顔を見合わせる。

    まるでドラマのような出会い。

    笑える。

    <シーン2/宮川の朝市にて>

    ■SE/朝市の喧騒と宮川のせせらぎ

    そのあとの展開はまさにドラマ。

    映画のストーリーのように私たちの心はつながり、

    お互いに支え合うパートナーとなった。

    私は看護師となり地元のクリニックに勤務。

    彼は観光客向けにカフェを始めた。

    2人で過ごす新しい人生。

    今日も肩を寄せ合って宮川の朝市を歩く。

    こうやって、一緒に年老いていくのかな。

    思わず口角が上がる。

    ただ・・・

    何も言わないけど、私たちの間に子どもができないこと。

    たぶん彼は気にしている。

    子ども好きな彼のことだから、家族がほしいのだろうな。

    私だって本当はそうなりたいのに・・・

    「ママ」

    え?

    また?あの声。

    私は周りを見渡す。もちろんどこにも子どもの姿はない。

    彼には聞こえていないようだ。

    まあ、いいか。悪いことがおこるわけじゃないし。

    いまのひょっとして君かな?

    バッグの中から顔を出しているさるぼぼに目で訴えた。

    ところが・・・

    翌日、私の懐妊が判明した。

    彼は、高山の遅い春が通り過ぎちゃったくらい喜ぶ。

    そこから先は、まあ、早かった。

    新しい年が明けて、産声をあげたのは私にそっくりな娘。

    この娘はさるぼぼが連れてきてくれたのかな。

    私たちは、文字通り目に入れても痛くないくらい娘を愛した。

    娘が3歳になると、

    週末はできる限り、家族でドライブに出かけるようになった。

    真新しいチャイルドシートを後部座席にとりつけて。

    もしもの時も大丈夫。

    チャイルドシートは最も高機能のものを選んだから。

    幼稚園の卒業。小学校の入学。

    節目節目がもう嬉しくて、嬉しくて。

    この幸せは、永遠に続くものだと思っていた。

    あの日までは・・・

    <シーン3/渋滞の車列>

    ■SE/救急車のサイレンの音

    暖冬には珍しく大雪が降った週末。

    私たちは危ないからお出かけをやめようと言ったが、

    娘がどうしても行きたいとせがんだ。

    仕方なく出かけたドライブ。

    彼はつとめて慎重に雪道を運転していた。

    だが、楽しく過ごした温泉からの帰り道。

    渋滞する車の列に、大型トレーラーが突っ込んだ。

    目が覚めたときは病院のベッドの上。

    枕元で、

    ギプスをはめ、悲痛な顔をした彼が目を真っ赤にして泣いている。

    あの娘は?

    どこ?

    怪我は?

    早く会わせて!

    え?なに?

    うそ!?

    そんなのうそ!

    うそでしょ!

    いやだ!信じない!聞こえない!

    私たちでさえ一週間以上意識不明の重傷。

    後部座席の娘が無事なはずはなかった。

    彼は私に小さな赤いものを手渡す。

    クルマの後部座席から見つかった、さるぼぼの人形だ。

    腹掛けから少しだけ綿がはみ出している。

    私は震える手で受け取り、

    「こんなもの!」

    「さるぼぼは子どもの守り神じゃないの!?」

    「どうしてあの娘を守ってくれなかったの!」

    床に投げつける。

    人形は、壁に当たり、私の足元に転がった。

    <シーン4/山の中の家>

    ■SE/森の中の小鳥

    天国から地獄。

    これほど的確に表す言葉があるだろうか。

    それからの私たちは、もう魂の抜け殻。

    昔探した、奥飛騨の山奥。

    空き家をただ同然で購入して移り住んだ。

    車も自転車も何も持たず、スマホも捨てた。

    テレビもひいてない。

    わずかばかりの種や苗を庭に埋め、ほぼ自給自足の生活。

    2人の間に会話はほとんどなく、日がらぼうっと過ごす。

    このまま2人同時に命が尽きて、早く娘の元へいけますように。

    そんなことばかり考えていた。

    しかし、運命はそんな願いすら許してくれなかった。

    ある雪の降る夜・・・

    「ママ」

    ずいぶん前に聞いたあの声で私は目を覚ました。

    振り返ると・・・

    隣で寝ていた彼が胸を押さえて苦しんでいる。

    これは・・・心筋梗塞!

    あわててスマホを探す・・・

    ああ、そんなもの、とっくに捨てたんだった。

    車も・・ない。

    近くの民家まで歩いても1時間かかる。

    私は途方にくれた。

    と同時に、ものすごい恐怖が襲ってくる。

    いつ死んでもいいってずっと思ってたけど、

    いま彼がいなくなったら・・・

    私は1人ぼっちになってしまう。

    この真っ暗闇の中で。

    そんなの、いやだ!

    私はとるものもとらず家を出て走り出す。

    外は春の吹雪にかわっていた。

    最悪の事態になって、やっと気づいたけど、遅すぎる。

    大切なものが私のすぐ横にあったのに。

    それを見ようともせず、悲しみだけに取り憑かれていた。

    お願い。あなた。私を置いていかないで。

    麓への一本道。

    息をきらして走り続ける。

    とそのとき。

    雪のなか、遠くにうっすらと赤いものが見えてきた。

    あれは・・・

    だんだんとサイレンの音がこだましてくる。

    これは・・・まぼろしだ。

    幻覚を見るくらい心が病んでいるのか。

    ところが、赤色灯もサイレンも本当に近づいてきて、目の前で停まった。

    本物の救急車。

    でも、どうして?

    手をあげて車をとめた私の前に救急隊員が降りてくる。

    そして、大丈夫ですか?と私の名前を呼んだ。

    え?

    そんな?

    なぜ私の名前を?

    誰が救急車を呼んだの?

    救急隊員が答える。

    『小さな女の子が消防署に駆け込んできたんです』

    ”お父さんが死んじゃう。助けて”

    え?え?

    どこ?その娘はどこ!?

    私は取り乱して問いただす。

    『後ろの席に・・』

    言い終わるより先にドアを開ける。

    だが、そこには誰も乗っていない。

    その代わり、さるぼぼの人形がシートに落ちていた。

    <シーン4/山の中の家>

    ■SE/森の中の小鳥(春の鳥/ウグイス・メジロなど)

    夫は奇跡的に助かり、私たちは元の生活に戻った。

    いや、元の生活ではない。

    娘に生かされた命。

    意味なく生きるなんて許されない。

    自給自足は変わらないけど、2人で畑を耕し野菜を作った。

    電話も引き、WI-FIもつないで世界とつながった。

    山の中だけどカフェを開き、SNSにアップした。

    私たちは月に1回車で街まで買い出しに出かける。

    私の検診もかねて。

    シートベルトをしめた私のお腹は少しずつ大きくなってきた。

    これからは前を向いて生きていく。

    ダッシュボードにぶら下げたさるぼぼの人形が揺れていた。

  • 『アイドル』は、高山市を舞台にした青春ドラマであり、音楽と夢、そして「本当の自分」をテーマにした物語です。

    アイドル活動と学園生活——まったく別の世界を生きる少女・栄美(エイミ)が、ある日、思いがけず「真実」と向き合うことになります。
    華やかなステージに立つ「EMIRI」と、学校では地味で目立たない「栄美」。
    彼女の二つの顔、そして彼女を取り巻く人々の想いが、音楽とともに交錯していく——。

    本作は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトやSpotify、Amazon、Appleなどでも楽しめる作品となっています。
    ぜひ、音楽とともに物語の世界を感じていただければと思います!(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <シーン1/ドーム公演>

    ■J-POPイメージBGM/japanese-vocals-300539110.wav

    ■SE/曲が終わったあとの大歓声(エミリコール「エミリ!」「エミリ!」「エミリ!」)

    「みんな、今日はありがとう!」

    45,000人の観客がペンライトを振る。

    アンコール最後の曲が終わっているのに、いつまでも、いつまでも。

    ソロアイドルの単独公演としては巨大過ぎるハコ。

    ステージ上だけでなく、アリーナやスタンドにまで細部にわたった演出。

    映像装置のせいで本来は55,000人のキャパであるドームが

    45,000人の収容人数となった。

    まさか満員御礼になるとは思ってもみなかった。

    ファンは予想以上に行動力がある、ということなんだ。

    アンコールも含めたセットリストはすでに終わっている。

    私はアコースティックのギターを抱えた。

    舞台監督がヒゲをさすりながらニヤリと笑う。

    彼にはリハのあと、即興で弾き語ったのを見られていた。

    ドラム、キーボード、ピアノ、リード&サイドギター。

    楽器だけが置かれたステージに、私はゆっくりと歩いていく。

    私の登場と同時にアンコールの拍手は止み、どよめきがおこる。

    やがて、割れんばかりの大歓声が私を包んでいった。

    ■SE/大歓声と拍手

    BGM/faerie-hill-spring-347048818.wav

    BGM/seeds-in-the-sky-346427248.wav

    <シーン2/学校の教室/始業のチャイム>

    「ふぁ〜。もう5時限目かあ」

    アイドル・EMIRIの素顔。

    それは、高山市内の城山高校に通う1年生。

    本名・栄美(エイミ)という名前は、ファンの誰も知らない。

    言うつもりもないけど。

    だって、校則でアルバイトも課外活動も禁止なんだもん。

    違反したら即退学だし。

    アルバイトじゃなくてちゃんとした仕事なんだけどなあ。

    クラスの中は、昨日のEMIRIのライブの話で盛り上がっていた。

    私は、授業中以外は、いやたまに授業中も、机に突っ伏して寝ている。

    だめだめ。先生が教室に入ってくる前に起きなくちゃ。

    今日も今日とてゆ〜っくり顔をあげると、

    あ。まただ。

    机に置いた教科書がなくなっている。

    きっといつもの女子グループによるイジメだ。

    教室の隅から、”トイレに行ったら見つかるかも〜”という声があがる。

    にやけた声で笑いながら。

    仕方ない。

    私は立ち上がり、トイレへ向かう。

    廊下を歩く私を見て、みんながクスクス笑っている。

    そのわけは、トイレの鏡を見て理解した。

    私の背中に習字の半紙がくっついている。

    そこには、下手くそな文字で差別的な言葉が書かれていた。

    はあ、よくやる。

    私が誰ともつるまず、女子のどのグループにも属さず、

    毎日独りで登下校しているのが気に食わないみたい。

    そう。

    みんなが推してる人気アイドル『EMIRI』の正体をクラスの誰も知らない。

    メイクもせず、三つ編みに丸メガネ。

    ステージのときのオーラなど微塵もないのだから当然ね。

    みんな、私のこと、コミュ症で陰キャなオタク女子だと思ってる。

    あたってるけど・・・

    そう。栄美はEMIRIとは別人。真逆な人間だもん。

    仕事やライブが入ると学校は休まないといけない。

    まあ、最近は、学校って簡単に休めるからラクだけど。

    トイレの床に落ちていた教科書を拾い、教室へ戻る。

    後ろの扉から入ろうとすると・・・

    あーあ、鍵がかかってる。

    仕方なく前の席から入っていくと、担任の教師と目が合った。

    『オマエ、何回授業に遅れたら気がすむんだ?あ〜ん?』

    半分笑いながら黒板を指で叩く。

    もう。いじめがなくならないのは、教師にも問題があるんじゃないかなあ。

    『バツとして今日は居残りで補習だ』

    『あ、無理です。今日は家の用事があって』

    『きいてないぞ』

    『そんな・・・。

    朝マネージャ・・いえ母から電話入れているはずです』

    『あ〜ん?ああ、これか・・・なになに・・・叔父さんの三回忌法要?

    夕方から法要?まあ、いいけど。

    今度から気をつけろよ。今度遅れたら校庭10周だぞ』

    ちょっと先生、昨日のライブでアリーナの最前列にいたよね。

    あの席はファンクラブ会員専用シート。

    しかも最前列をとろうと思ったら、

    チケット発売日の午後3時にオンタイムでサイトをクリックしないと無理。

    確か、その時間教室は、先生不在で自習になっていたっけ。

    教室では、クラスの男子も女子もみんな必死でチケットをとっていたし。

    席に戻る私を、女子グループが下卑た笑いで迎える。

    私がデザインしたEMIRIアパレルグッズのカーディガンを羽織って。

    ウケる。

    一緒になって笑う男子グループも、机にアクリルグッズを置いている。

    文房具はどうしたの?

    筆箱の中もぜんぶEMIRIシーズングリーティングのアイテムじゃない。

    EMIRIってこんなに人気あるんだ。

    ファンは大事にしなきゃ、ってマネージャー兼保護者のママは言うけれど。

    実は私がいつも気になっていたのは、一番後ろの席の男子。

    誰ともしゃべらず、いつも独り。

    私以上に目立たず、下を向いて本を読んでいる。

    彼も丸メガネをかけていた。

    同じようにコミュ症なのかしら。

    <シーン3/翌日の学校の教室から音楽祭まで>

    翌日。

    教室に行って驚いた。

    黒板に、『城山高校音楽祭実行委員』という文字に、

    私の名前と一番後ろの彼の名前が大きく書かれていた。

    そんな。アイドル活動があるから無理だって。

    そんな事情などおかまいなく、有無を言わさぬ圧力で、

    すべての雑務が私たち2人だけに押し付けられた。

    仕方なく、リモートMTGを駆使して委員の役目をこなしていく。

    準備期間の2か月はあっという間。

    出演者とのやりとり。ポスター・看板の作成。ステージの設計・施工準備。

    音響オペレーター、照明オペレーターの手配。

    そのすべてを2人でこなす。

    そういえばもうひとりの彼もリモートが多いなあ。

    こんな2人で本当に音楽祭、大丈夫なの?

    大丈夫、じゃなかった。

    音楽祭当日。

    メインステージのトリで出演するはずだった軽音の子たちがいなくなった。

    しかも、本番30分前に!?

    どうするの?

    こんな大きなステージ作っちゃって。

    もうひとりの実行委員、彼と顔を見合わせる。

    『仕方ないから、カラオケで私、うたおうかな』

    冗談で言ったつもりが、

    『そうだね。そうしよう』

    とマジで決まっちゃった。

    なんか、ポスターをよく見たら、トリの軽音部の出演者名に

    「Surprise」とだけ書かれてある。

    ハメられた。

    そうか。

    よし、覚悟を決めよう。

    もう退学になってもいいや。こんなとこ。

    私は急いでママに電話した。

    <シーン4/音楽祭のステージ>

    ■SE/会場内のざわめき

    ラストのトリまですべての演奏が終わり、いったん緞帳が下がる。

    やがて休憩時間が終わり、会場が暗転した。

    『え?こんな演出あり?』

    会場内がどよめく。

    暗転している間に緞帳が上がる。

    ■J-POP SONG/japanese-vocals-300539110.wav

    ボーカルの入りと同時にトップサスがステージを貫く。

    光の中には真紅の衣装でEMIRIが立っていた。

    ママの手配で、バックバンドも照明と音響のオペレーターも全面協力。

    次回のライブのリハに、ちょうどいい準備運動だ、だって。

    最初、騒然となっていた客席から大歓声が沸き起こる。

    みんな総立ちになって、ものすごい声援。

    1コーラスを歌い終えたとき。

    曲途中のブレイクで照明がまた暗転した。

    ”すごい演出。

    どんだけ凝ってるの?”

    次にトップサスが当たったのは、私と、私の横に立つもうひとり男の子。

    なんと。

    実行委員の彼は、超人気K-POPグループのメンバーだった。

    グループに1人だけ参加している日本人アーティスト。

    このものすごいサプライズで会場の熱気は最高潮に達した。

    ”ああ、気持ちいい。

    まさに高校生活最後のライブね”

    合計3曲歌って、ライブは幕をおろした。

    終了後、私たちは早変わりのように着替えながら、

    軽音部用に準備しておいた抜け道でステージをあとにする。

    校庭に出たところで、私たちを同じクラスの男女たちが取り囲んだ。

    『EMIRIたちはどこなの?』

    『教えなさい』

    彼が毅然として答える。

    『裏門の方へ出ていったよ』

    クラスメイトたちは、慌てて裏門へ走っていく。

    彼が私に振り返ってウィンクした。

    『おつかれさま。打ち上げでカラオケでもいかない?』

    私も笑顔で答える。

    「賛成。あなたの歌を歌ってみたい」

    陽の落ちかけたグラウンドに2人の影が伸びていった。

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  • 「八百屋お七」の物語をご存じでしょうか?
    江戸時代、恋に焦がれた少女が自ら火を放ち、悲劇の結末を迎えた――。
    この伝説的な物語は、時代を超えて人々の心を揺さぶり続けています。

    ボイスドラマ『恋の炎』は、この「八百屋お七」の物語を現代の感覚で再構築し、飛騨高山の情緒あふれる町並みに舞台を移したものです。
    高山の町家で生きる一人の少女。恋に燃え、運命に翻弄される彼女の想いを、どうか最後まで見届けてください。

    この物語は、ラジオ番組 「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでもお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/電気を消す音とベッドのシーツをかける音

    『もう寝る時間よ』

    『寝る前にお話きかせて』

    『いいわよ。どんなお話にする?』

    『八百屋お七』

    『なにそれ、いきなりなんなの?』

    『テレビで言ってた』

    『え〜、あなたにはまだちょっと早いかな』

    『なんでー?聞きたい』

    『う〜ん』

    『聞きたい聞きたい聞きたい』

    『もう〜しょうがないなあ』

    『やたっ』

    『いい?八百屋お七っていうのはね』

    『やたっ』

    『ものすご〜く昔のお話なの』

    『ふ〜ん』

    それは、今から300年くらい前のこと。

    ここ高山の町家に太郎兵衛(たろべえ)という八百屋さんがあったの。

    お七はこの八百屋さんの一人娘。

    生まれてすぐに、お七のお父さんは亡くなってしまいました。

    お母さんは女手一つでお七を育てなければなりません。

    もともと小さなお店でしたが、それでも早朝から夜まで働き働き通し。

    お七は、こ〜んなちっちゃい頃からお母さんの仕事を手伝います。

    毎日毎日ちゃんと真面目に働きました。

    お客さんに対しても親切で礼儀正しかったからお店の人気ものになったんだって。

    それに、頭もすごくよかったし、商売の才能にも恵まれていたの。

    お七の八百屋さんは、町家の中でも評判に。

    遠いところからもお客さんがたずねてくるようになりました。

    それだけじゃないのよ。

    お七は誰に対しても優しかったの。

    飢饉のときなんて、自分の髪を切ってそれを売りお金に替えた。

    そのお金で米を買って、貧しい人たちに分け与えたそうよ。

    当時から『髪は女の命』って言われてたのにね。

    お七が十七になった年。高山で大きな火事が起こったの。

    高山って城下町だから、お城と武家屋敷、お寺、商人の町=町家と

    4つの地区があるでしょ。

    そのなかでも、昔から火事に悩まされてきたのが町家。

    このときの火事は歴史に残るくらい、大きな大きな火事。

    お七のお店も、ほかの店も、み〜んな焼けてしまいました。

    火事でお店やおうちがなくなっちゃった人々はどうしたのかな。

    みんなお寺に泊めてもらって助けあったのね。

    ほら、あの窓から見えるでしょ。

    少し高いところにある宗猷寺(そうゆうじ)。

    立派なお寺だねえ。

    お七とお母さんも、お寺の前に仮小屋(かりごや) を建ててしばらく住んでいました。

    そのとき、身の回りの世話をしてくれたのが、お寺の小姓さん・左兵衛(さへえ)。

    左兵衛は、おにぎりやら果物やらいろんな食べ物を持ってきれくれます。

    毎日のように小屋の掃除や洗濯も手伝ってくれました。

    左兵衛と何度も言葉をかわすうちに、

    お七は左兵衛のことがどんどん好きになっていきました。

    コホン(※咳払い)

    えっと。ここからはちょっと大人のお話になるから・・・

    あれ?寝ちゃった?

    なんだ、よかった。

    でも、ここからがいい話なんだけどなあ。

    じゃあ、今から大人の物語をはじめましょう。

    『左兵衛さん、そんなにしてもらっちゃ悪いわ』

    『お七さん、私が好きでしていることですから』

    いつしか2人は、お互い惹かれ合うようになります。

    ただ、お寺の門前は、火事で焼け出された人々の避難場所。

    仲良くし過ぎているところはあまり見られないようにしないといけません。

    しかも左兵衛は寺のお小姓ですからなおさらです。

    お七と左兵衛は人目を忍んで逢引きを重ねていきました。

    やがて、お七の母親に大金が入り込み、新しい住まいが町家に完成します。

    そのため、2人は引き離されることになったのです。

    実は、母親に大金を渡したのは、町家の大店(おおたな)の若旦那。

    門前の仮住まいでお七を見て一目惚れ。

    お七と一緒になりたいがために、母親に頼み込んだのでした。

    『離れたくない』

    『私もです。でも仕方ありません。

    私はお寺の小姓。あなたは八百屋の看板娘なのですから』

    『そんなの関係ないわ。必ずまたあなたの元へ戻ってまいります』

    2人は引き裂かれるような思いを胸に、離れ離れになりました。

    その後のお七の心のうちは、いまさら言うまでもありません。

    毎日毎日健気に野菜を売りながら、心はずうっと左兵衛を思い続けました。

    大店の若旦那は何度も八百屋を訪れますが、お七は会おうとしません。

    お客さんが途切れると、遠い目をして店の前に佇むお七。

    そこに現れたのは、ならず者で通っている吉三(きちさ)こと吉三郎(きちさぶろう)。

    そっとお七の耳元に囁きます。

    『そんなにお小姓が恋しいのかい』

    驚いて身構えるお七。

    『おっと。そうビクつきなさんな

    お七さんにいいことを教えてやろうと思ってさ』

    聞く耳など持たぬとそっぽを向くお七。

    『いいぜ。そのまま耳だけこっちに貸してくんな』

    無視しようと思いますが、ちらっと横目で吉三の方を見てしまいます。

    『もう一度火事をおこすんだよ』

    『えっ』

    『また火事になれば、おめえさんは宗猷寺行きだろ』

    知らず知らず吉三を見つめるお七。

    吉三はさっと身を翻して、

    『いけねえ。賭場の時間だ。じゃ、あばよ。ようく考えてみるんだな』

    あっという間に通りの彼方へ消えていった。

    それからというものお七の頭の中は毎日毎日そのことでいっぱいになります。

    お七は知らなかったのですが、

    吉三は火事場泥棒の疑いで、岡っ引きから目をつけられていました。

    吉三がお七の元へやってきてから何日も経たないうちに

    この高山の町家で再び大きな火事が起こります。

    そう。お七はとうとう自分の家に火をつけてしまったのです。

    火事とともに宗猷寺へ走り出すお七。

    その嬉しそうな表情に周りの人々は驚きますが、お七にはわかりません。

    寺の門前には、左兵衛が立っていました。

    しかし、その目には涙があふれ、悲しそうにお七を見つめます。

    『左兵衛さん』

    『お七さん』

    『やっと会えた』

    『お七さん、こんなことしちゃいけない』

    左兵衛の横から、岡っ引きを引き連れた大店の若旦那が現れます。

    『え』

    毎日お七を影から眺めていた若旦那は、放火の現場に居合わせていました。

    悩みに悩んだ末、岡っ引きに事情を説明して、寺までやってきたのです。

    『そんな!』

    『お七さん、すまない』

    江戸時代には「失火者斬罪令」(しっかしゃざんざいれい)というものがありました。

    火事を起こしたものは、理由にかかわらず市中引回しの上、死罪。

    もちろん、お七とて例外ではありません。

    お白洲で、後ろ手に縛られたお七。

    あどけない素顔の少女を見た奉行はふと気づきます。

    当時、18歳に満たぬ者は刑を軽減されるということを。

    お七の目をじっと見つめ、少しうなづきながら

    『お七。おぬしは十七であろう』

    お七は見つめ返し、瞳を潤ませます。

    そのあと目をつむり、左兵衛を頭に思い浮かべて、

    『いえ、十八でございます』

    奉行は目を閉じ、しばし無言のままうなづいた。

    後日談。

    お七が処刑されたのち、左兵衛は自害しようとしました。

    それを止めたのはお七の母親。

    左兵衛は結局思いとどまり、剃髪して修行につとめるようになったのです。

    一方、お七をそそのかした吉三は、火事場泥棒の現行犯でつかまり、

    放火の教唆も含めて火炙りとなりました。

    お七は、どうして十八だと答えたのでしょう。

    今となっては誰も知る由もありません。

    恋の炎に身を焦がした少女の悲しい顛末でした。

    『ねえママ』

    『えっ!』

    『お七、かわいそう』

    『いつから起きてたの!?』

    『ずうっと聞いてたよ』

    『もう〜、狸寝入りしてたのね』

    『うふふ』

    『さ、もう電気消して寝るわよ』

    『ママとパパはどうやって知り合ったの?』

    『え?』

    『教えて』

    『えっと。ママが車で事故して救急隊員のパパが助けてくれたの』

    『それから?』

    『それだけよ』

    『もういっかい事故した?』

    『なあに言ってんの。さあ、寝なさい』

    『はあい。おやすみなさい』

    『おやすみ。ナナちゃん』

  • 『行人橋』は、年齢に抗いながらも声優として生きる女性の、心の変化を描いた作品です。

    時を重ねることは、時に恐怖や不安を伴います。とくに声の仕事をする彼女にとって、「若さ」と「実力」は切り離せない問題でした。しかし、彼女の願いが叶えられたとき、その「奇跡」は果たして幸せなものだったのでしょうか?

    高山市に実在する行人橋を舞台に繰り広げられるこの物語は、人生の価値とは何か、自分らしさとは何かを問いかけます。そして、最後に彼女が選んだ答えとは——。

    本作はPodcast番組『Hit’s Me Up!』の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでもお聴きいただけます。
    声の演技だからこそ伝わる「想い」を、ぜひ耳でも体験してください(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/オフィスのガヤ〜扉を激しく開ける音

    「ちょっと、マネージャー!

    なんなの?この役は?42歳の母親役って?」

    「冗談じゃない。私、まだ30代よ。39歳なのよ」

    「なに言ってるの!39歳と40歳じゃあ、雲泥の差よ。天と地ほど違うわ」

    「年相応の役はとってこれないの?」

    「だから勇者と恋に落ちるヒロインとか後宮の美しいお妃とかさ。

    20代後半から30代くらいの、セクシーな主役級キャラってあるでしょ」

    「ああもう〜、いいわ、直接プロデューサーに電話するから!」

    私はキャリア20年のベテラン声優。

    いやあね、ベテランっていうと老け感があるじゃない、せめて中堅と呼んでほしいわ。

    まだまだ主役はれるし、声の艶は20年前よりハリがあるんだから。

    「もしもし、あ、プロデューサー?ちょっと相談なんだけどさ」

    結果は変わらなかった。

    そう、私は39歳。

    しかも明日は誕生日。

    もうあと何時間かで、口に出すのもおぞましい40歳がやってくる。

    そうしたら今以上に仕事のオファーやオーディションはなくなり、先細っていく。

    ああ!いやよ、そんなの!若い子たちになんて絶対負けたくない!

    ■SE/街角の雑踏〜ハイヒールの足音

    むしゃくしゃした気分で行神橋(ぎょうじんばし)を渡って、宮川沿いを歩く。

    この橋もできたてのときはヒノキのいい香りがしたんだけどな・・・

    あ〜だめだめ。すぐに年齢のことに結びつけちゃう。

    そもそも、どんなに売れても私が高山から出ないのは、人気のバロメーター。

    高山から東京のスタジオへ呼んででも出演してほしい声優、という証なんだ。

    そんなの未来永劫変わらないと思ってたのに。

    あら?あれなに?

    あんなところに社なんてあったかしら?

    埃をかぶった小さな祠。

    妙に気になって境内に足を踏み入れる。

    なかに入ったとたん、なぜだか急に腹が立ってきた。

    ■SE/神社のガラガラを鳴らす音

    「神様お願い!

    私、もうこれ以上歳はとりたくない!

    不老不死になりたい!いいえ、若返りたい!

    どうか願いを叶えてください!神様!

    いえ、願いを叶えてくれるならたとえ悪魔でも構わない!」

    その刹那。

    突風が私の体を包み込み、空へ抜けていった。

    悪魔は人間の心に生まれた隙を見逃さない、って言うけど・・・

    その日の夜。夢を見た。

    姿かたちはまったく見えない何者かが私に告げている。

    『願いを叶えてやろう』

    『お前はいまから若返っていく』

    『40年経ったら、お前の魂を渡してもらおう』

    40年後、ってことは80歳か。

    そこまでいったらもう悔いはないわ。引退すればいい。

    夢だとわかっていながら頭の中で計算していた。

    ■SE/朝の小鳥のさえずり

    その日を境に私の体は変わっていった。

    「なんか、最近肌艶がよくなってない?」

    「声も前よりすっごく若くなったみたい」

    「どんなメンテしてるの?教えてよ」

    アフレコ中のスタジオでみなが口にした。

    ディレクターもオペレーターも、同期のベテラン声優たちも。

    プロデューサーは、有名なアニメの有名なセクシーキャラのCVに私を抜擢した。

    キャラ設定は、33歳。いいんじゃない。

    最初は単純に喜んでいた。

    ■SE/スタジオのガヤ「ハイ、オッケー!」「おつかれさまでした」

    10年後。

    本来なら50歳の年齢だが、私は30歳の体になっていた。

    TVやニコ生などで呼ばれるフレーズは「時を超えるオンナ」。

    TVアニメでも映画でも引っ張りだこになったけど、周りの視線がどうも気になる。

    なにか、腫れ物にさわるみたいな感覚。

    ひとのこと、もののけかなんかだと思ってるような目。

    影でネガティブな噂してるし。

    失礼ね。

    いいのよ。実力勝負の世界なんだから。

    でもこれ、本当に実力?

    あ〜もう、実力に決まってるじゃない。

    私の表現の力はどんどん研ぎ澄まされていってるんだから。

    私は事務所を辞め、自身のオフィスを構えた。

    メジャーなスタジオのアニメ作品を最優先に仕事を厳選していく。

    年末には、TVの主役レギュラー5本、アニメ映画の主役3本という超売れっ子。我が世の春。

    この年が私の人生の頂点だった。

    ■SE/カフェのガヤ

    20年後。

    年齢は60歳。体は20歳。

    私と同期の声優たちはほとんど引退していった。

    ディレクターやプロデューサーも現場からは離れていく。

    私は不自然な若さを隠すために、あえて老けメイクをするようになった。

    それでもやりすぎるとバレちゃうから、せいぜい30過ぎくらいのイメージで。

    仕事も前よりは減ったけど、まだまだ現役。

    この前なんて、美少女戦士アニメのオーディションがきて、さすがに断ったわ。

    それよりも、毎日毎日不安の波が押し寄せてくる。

    60歳のいま、20歳の体ってことは、10年後はどうなっちゃうの?

    20年後は?

    考えれば考えるほど、おそろしくなってくる。

    事情を隠して病院に行っても、

    「健康そのものです」「30歳の体ですよ」「20歳の肌年齢」「素晴らしい」

    と、とりつく島がない。

    ■SE/街角の雑踏

    30年後。

    年齢は70歳なのに体は10歳。

    時間の流れとともに若返りが止まらない。

    60を過ぎてから、仕事をセーブしていって、

    私はこの業界からフェードアウトした。

    身分を隠してこっそり生きる。

    それでも、渋谷を歩いたりすると補導されそうで気が気じゃない。

    たぶん、あと10年で私の命は尽きるのだろう。

    夢のなかで、神さまだか悪魔だかが言ってたじゃない。

    『40年後、お前の魂を渡してもらおう』

    って。

    まあ、しかたないか。

    声優として、最高の人生を経験させてもらったのだから。

    人間は、人生の最後に何をするのだろう。

    ■SE/電車の車内音

    私は、認知症の母が暮らす老人ホームへと向かった。

    山の中の閑静な施設。

    私が訪ねていっても、母にはなんにもわからないだろうけど。

    10歳ということは、小学校4年生。

    ギリギリ1人で電車に乗られる年齢かな。

    ■SE/森の中の小鳥のさえずり

    施設の受付で母の名前を伝え、孫だと名乗った。

    小学校のときの学生証も持ってきたので、すんなり受け入れられた。

    だって、色褪せてるけど写真のまんまの少女だもの。

    「ママ」

    ロッキングチェアで眠っている母の耳元にささやいた。

    母はゆっくりと目をあけ、私の顔をしげしげと見つめる。

    やがて・・・

    『エミリ!』

    と、私の名を呼んだ。

    え?どうして?

    私こんなに子どもなのに。

    やっぱり、頭のなか、わからなくなっちゃってるの?

    『こんなところにきちゃいけない』

    「だって、私、これからママと一緒に暮らそうと・・・」

    『いいから早く帰りなさい』

    「ママ」

    『私は大丈夫だから』

    「ママ」

    『さあ、はやく』

    「ママ!」

    ■SE/宮川のせせらぎ

    気がつくと、私は行神橋(ぎょうじんばし)の上に立ち尽くしていた。

    行神橋は高山祭の屋台、行神台(ぎょうじんだい)から名付けられた歩行者専用の橋。

    役の行者(えんのぎょうじゃ)を祀った屋台だ。

    慌てて手鏡を見る。

    目を細めると、目尻には40歳らしい皺が数本。

    よかった。

    時計を見る。

    30年前にこの橋を渡った時間からたぶん1分も経っていない。

    私が歩いた30年は、たった1分の夢だったんだな。

    きっと、大切なことをなくしかけてた私に、神様が見せてくれた幻。

    いや、この橋だから役小角(えんのおづぬ)かな。

    私はすぐにスマホをとりだす。

    「もしもし。あ、プロデューサー?」

    「さっきはごめんなさい」

    「あの役。42歳の母親役。喜んで引き受けるわ」

    「でも3歳くらい若い声でいくけどね。ふふふ」

    電話を切ったあと、橋の上には笑顔の私がいた。

    あ、あと施設のママにも連絡を・・・

    そうか。

    母は1年前に亡くなっていたんだった。

    施設でお葬式してもらったのに。

    ありがとう、ママ。

    私のことを誰よりも心配してくれて。

    今でも助けてくれたのね。

    もう大丈夫。

    私はありのまま。

    今の自分を大切にして生きていく。

    年齢や外見なんかじゃなく、自分自身の心の声に忠実に。

  • 『言霊』は、飛騨高山で生まれ育った少女・エミリが、幼い頃に発したたった一つの言葉——「わたし、東京の女子大にいく」——が、彼女の人生を大きく動かしていくお話です。

    「言霊(ことだま)」という言葉には、不思議な力が宿っています。強く願い、言葉にすることで、未来が変わることがある。時にその力は、本人も気づかないうちに道を示し、導いてくれるのかもしれません。

    物語の舞台は、飛騨高山。そして東京。厳しくも温かい家族の愛に支えられながら、少女が夢を叶えるまでの10年間。そして、人生の節目で迎えた家族との最後のひととき。

    夢を追う人にとっての励みになれば、大切な人との時間を振り返るきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

    この物語は、Podcast番組『Hit’s Me Up!』 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種プラットフォームでもお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <シーン1:エミリ8歳の冬>

    ■SE/吹雪の音

    「わたし、東京の女子大にいく」

    10年前。

    8歳の私が、真剣な顔で父と母に宣言した。

    外は吹雪。

    暖炉の前で父の顔がほころぶ。

    「それを言霊にしなさい」

    「コトダマ?」

    「良い言葉を口にすると現実となる」

    「ふうん」

    「もう一回言ってみてごらん」

    「エミリは、東京の大学へ行く!」

    父が満面の笑みで大きくうなづく。

    こうして8歳から、私の長い長い受験生活が始まった。

    学校とダンスと受験勉強。

    ダンス、というのは私が1年前からはじめたクラシックバレエのこと。

    学校の授業が終わると、そのままダンススタジオへ入り、暗くなるまでレッスン。

    家に帰ってからは夕食後、夜遅くまで受験勉強を頑張った。

    だって、私が入りたい東京の女子大は超難関の有名大学。

    高校3年間の受験勉強くらいで入れるとは思えない。

    そもそも、どうしてその女子大へ行こうと思ったのか。

    それは、昨日のダンススタジオ。

    クラシックバレエを習い始めて1年が経とうとしていたとき。

    私は、右回転でピルエットをすると、どうしても軸足がぶれてしまう。

    何度やってもパッセが崩れ、着地してしまう私に、

    インストラクターがささやいた。

    「見ててごらん」

    そう言うなり、その場で左へ5回転、軸足を変えて右に5回転した。

    しかも彼女は目をつむって。

    軸足はまったくずれていない。

    華麗でしなやかでクールなテクニック。

    厳しい指導で有名なインストラクターは、

    右手をあげたポーズのまま、ゆっくり目をあけて私にウインクした。

    「この人みたいになりたい」

    私は幼い心に、固く誓った。

    先生のことをもっと知りたい。

    先生のこと、いっぱい教えて。

    そして、先生が東京のあの有名な女子大出身と知った。

    私の人生はこの瞬間から動き出したんだ。

    <シーン2:エミリ18歳の冬>

    ■SE/吹雪の音

    学校、ダンス、受験勉強。

    例えるなら、血の滲むような10年間のルーティン。

    この間、受験勉強だけは1日も休んだことはない。

    そして10年後の春。

    私は母と2人、受験の結果を家のリビングで待っていた。

    受験したのは、超難関大学。あの女子大一択。

    10年前、父に言われた言霊を信じて。

    不合格、なんていう未来は私の中にはなかった。

    目の前にはノートパソコン。

    合否の発表は、インターネットの受験生専用サイトで、決まった時間に発表・配信される。

    私はいても立ってもいられず、学校を休んで朝からパソコンとにらめっこ。

    父は仕事で出かけている。

    母と2人、パソコンの前に正座して、運命のときを待っていた。

    こんなとき、時間の流れはすごく早い。

    気がつけば、あっという間に発表1分前。

    ドキドキして心臓が止まりそうになる。

    ストレスで喉がカラカラになった。

    10秒前。

    母と一緒に発表時間をカウントダウンする。

    3、2、1、ログイン!

    受験者専用の特設サイト。画面いっぱいに番号が並んだ。

    13765、13984、13990・・・

    焦らず、焦らず。

    画面をゆっくりとスクロールする。

    14001、14012、そして・・・14015!

    私の受験番号、14015番が下からゆっくりと現れた!

    「ママ!」

    そう言ったきり、しばらく言葉が出てこない。

    母も私も、無言で顔を見合わせ、瞳を潤ませる。

    そのとき、私のスマホが鳴った。

    着信の表示は、見慣れた父の携帯番号だった。

    「おめでとう」

    「パパ!ありがとう!早く帰ってきて!」

    「もう帰ってるよ」

    「え?」

    ■SE/ドアチャイム「ピンポン!」

    ドアをあけると、

    玄関の外に、大きな花束を抱えた父が立っていた。

    父は今朝からずうっと飛騨天満宮で天神様にお参りしていたという。

    牛の石像を撫で過ぎて、手のひらが真っ赤になっていた。

    もう〜。笑わせないでよ。そう言って私も父も母も涙ぐむ。

    家族3人、嬉し泣きの午後だった。

    <シーン3:エミリ22歳の春>

    ■SE/古い町並の雑踏

    あれから4年。

    大学を無事卒業した私は、父と、母と、3人で古い町並を歩いている。

    就職も決まり、研修も終えて、最後の家族団欒だ。

    私がそのまま東京で働くなんて、父も母もきっと寂しい思いだろう。

    そんなこと、おくびにも出さずに、笑顔で肩を並べて歩く。

    「やっぱり、高山っていいなあ」

    「陣屋。宮川。古い町並。

    今度いつになるかわかんないから目に焼き付けておかなくちゃ」

    あ、しまった。

    私ったら無神経な言葉を・・・

    ほんの少し寂しそうな表情をする両親に向き直って、

    「やだなあ。いまのは言霊じゃないから。本当の言霊はこっち」

    「いつでも、好きなときに、高山へ帰ってくる!」

    瞳をちょっぴり潤ませて、口元をほころばせる父と母。

    「ママ、五平餅食べたい」

    「パパ、お守りにちっちゃいさるぼぼ欲しい」

    子どもの頃に戻って、わがまま言い放題。

    だけど、2人とも喜んで応えてくれる。

    高山の春は遅い。

    3月になっても町はまだ冬の装い。

    風情あふれる町並には粉雪が舞っている。

    左手にさるぼぼのキーホルダーを持ち、右手で五平餅を頬張る私。

    私たちは、観光マップからははずれたエリアにある自宅まで歩いて向かった。

    なごり雪が夕暮れの町をモノトーンに変えていく。

    玄関脇から庭へまわると真っ白な世界が広がっていた。

    「わあ、こんなに降ったんだね」

    庭の片隅、日陰になった部分に雪が大きく盛り上がっている。

    「あれって・・・」

    父は優しく微笑む。

    「かまくら?」

    「小さい頃、よく作っただろう」

    「なかに入っていい?」

    「もちろん」

    私は、コートのフードを降ろして身を屈める。

    「あったかい」

    ゆっくりと中へ入ると、小さな灯りが4つ。

    「あ・・・」

    かまくらの中には、ホールケーキにキャンドルが灯されていた。

    大きなキャンドルが2つ。小さなキャンドルは2つ。

    ケーキは私が大好きなチョコレートケーキ。

    芳ばしい香りがただよってきた。

    「パパ!ママ!」

    「誕生日おめでとう」

    本当に忘れていた。

    今日は私の誕生日。

    「心配するな。

    ホワイトデーのお祝いはちゃんとキッチンに用意してあるから」

    心配なんてしてない。

    この顔は、喜びがうまく表現できなくて、眉間に皺が寄っちゃってるだけ。

    私の誕生日は、3月14日。

    パパはいつもプレゼントを2つ準備してくれた。

    私、いまここで、言霊に誓うわ。

    パパ、いつまでも元気でいて。一生愛してる。

    ママ、ずうっとそばにいて。大好き。

    玄関脇から続く3人の足跡を、粉雪が白く染めていった。

  • 『AIの子守唄』は、AI技術が高度に発達した未来の高山市を舞台に、ひとりの少女と彼女を守るAIの絆を描いた作品です。

    先天性心疾患を抱え、生まれながらにして厳しい運命を背負った少女エミリ。
    そして、彼女を守るために誕生したヒト型AI「SUE(スー)」。

    「人はAIに命を託すことができるのか?」
    「感情を持たないはずのAIに“愛”は存在するのか?」

    この物語は、そんな問いかけとともに、エミリとスーが過ごした日々を綴っています。
    彼らの物語が、少しでもあなたの心に響くことを願って──(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/赤ちゃんの鳴き声+バイタルを表示する音「ピッピッピッ」

    私は高山市内の総合病院で産声をあげた。

    そのとき母が医師から告げられたのは、無脾(むひ)症候群による余命宣告。

    (医学的に説明すると、内臓が左右対称になっているため、脾臓がない。

    それが原因で、肺動脈閉鎖・高度狭窄(きょうさく)という心疾患を併発)

    多分、1歳の誕生日も迎えられないだろうと言われた。

    そのとき母は、AIラボで働くシングルマザー。

    ”どんなことがあっても娘を救ってみせる”

    鉄の意志で、退院を待たずに行動を開始した。

    母が働くAIラボは、高山市役所の地下にある。

    その名を

    Takayama AI Cyber Electronic Labo=略してTACEL(ターセル=意味「ハヤブサ」)という。

    国家の命で最先端のAIを極秘裏に研究・開発する組織である。

    まさか市役所の地下にこんな施設があるなんて、高山市民は誰も知らないだろう。

    TACELでAI開発のチーフだった母は、完成間際のヒト型AIを密かにコピー。

    OSを起動させ、無断で自宅へ持ち帰った。

    そのコマンドは、

    ”将来、先天性疾患の手術ができるようになるまで、娘の命を守ること”。

    AIは「Save Ultimate Eternal-life」(SUE=スー)と名付けられた。

    SUEのOSに埋め込まれた駆動コード。

    そこには法で決められた、

    『人間に危害を加えてはならない』

    『上記に抵触しない範囲で、人間の命令に従わなければならない』

    『上記にに抵触しない範囲で、自分を守らなければならない』

    というアシモフの三原則より上位に、

    『娘の命を守る』

    というコードが優先順位最高位で書き込まれた。

    スーは、常に私のバイタルを監視する。

    無脾症候群によるチアノーゼが現れたら、冷静に診断。

    ショック状態が続く強度のチアノーゼになったら、

    窒息したり心筋梗塞になる前に、酸素吸入で処置する。

    心不全や肺高血圧に対する薬物はスーが服用させる。

    新生児のうちにおこなわれる2回の大手術では、術後の世話をやいた。

    『大丈夫』

    これがスーの口癖だ。

    私の目を優しく見つめ、いつも笑顔で語りかける。

    スーに守られて、私は命を永らえた。

    小学校に入るまで、何度もおこなわれた手術。

    『大丈夫だよ』

    その都度、スーはこう言って私を励ましてくれる。

    手術の苦しさに耐えられたのも、スーがいたからだ。

    『もう大丈夫。よく頑張ったね』

    私とスーの間には、人間とAIという関係を超えた信頼が生まれていた。

    『大丈夫。今度も心配ない』

    8歳になったとき、

    私の心臓にはペースメーカーが植え込まれた。

    ペースメーカーは新しい命の鼓動を刻む。

    私は嬉しくて、外への散歩をするようになった。

    と言っても、家の前の公園までだけど。

    それはちょうどスーが充電をしているとき。

    ”公園までひとりで走ってみようかな”

    そんな気持ちが心をよぎった。

    ”ペースメーカーがあるんだし、きっと大丈夫だ”

    私は、スーがいないことをいいことに、公園まで走る。

    あ、大丈夫そう。

    最初はおそるおそる。

    途中からだんだん全力疾走になる。

    ”あ・・・”

    あっという間に胸が苦しくなる。

    息ができない。

    スー、たすけて・・・

    意識が遠のいていった。

    ■SE/病院の心電図の音

    気がつくと病院のベッドだった。

    スーがママと話している。

    どうやら、私の意識がなくなった直後にスーがかけつけ

    酸素吸入してくれたらしい。

    病院に運んでくれたのももちろんスーだ。

    『申し訳ありません』

    『あなたは悪くない。動きながら充電できるバッテリーを開発するわね』

    私はママではなく、スーに声をかける。

    『スー、ごめんなさい』

    『まあ大丈夫なの?もう苦しくない?

    これからは、ちゃんとエミリを見てるからもう安心してね』

    ママがその横でうなづいていた。

    そんなことがあってしばらくしてから、

    私は初めて小学校へ通うことになった。

    まだ小雪が混じる肌寒い初日。

    スーが運転する車で小学校へ送ってもらう。

    不安そうな私を励ましてくれたのもやっぱりスーだ。

    『大丈夫だから。行ってらっしゃい』

    スーは、私を教室まで送り届けたあと、廊下でじっと待っている。

    周りのみんなに奇異の目で見られながらも

    小学校に行けたことが嬉しくて、帰り道スーと語り合った。

    夕方、家に帰ると珍しくママが帰っている。

    ママは、私とスーに、

    『ごめんね。ママ、国の仕事でアメリカへ行くことになっちゃったの』

    『スーがいるから大丈夫だよね』

    『スー、エミリをお願いね』

    『大丈夫。エミリはスーが必ず守ります』

    ママは安心した顔でうなづく。

    それから1週間もしないうちに、旅立っていった。

    ■SE/学校のチャイム〜教室の雑踏(低学年)

    桜が咲く季節になると、私は小学校4年生。

    『ねえ、スー。私、勉強遅れてない?』

    『大丈夫大丈夫。半年でもう3年分進んだからね』

    スーが毎日勉強を教えてくれたおかげで、同級生のみんなに追いついたんだ。

    ある日のこと。小学校の校舎になんとクマが侵入してきた。

    クマは、1階の教室まで入ってくる。

    教室はパニックとなり、みんなは慌てて外へ逃げていく。

    逃げ遅れた私は、教室の入り口に倒れ込んだ。

    しゃがみこむ私を見つけたクマは突進してくる。

    そのまま私に噛みつこうとした瞬間、

    素早く駆けてきたスーの右手が動いた。

    ■SE/クマの叫び

    目を瞑った私の耳に聞こえてきたのは、クマの断末魔の叫び声。

    スーは、かけつけた教員たちに何食わぬ顔で、

    『クマ突進して止まれず、机の角に頭部をぶつけたようです』

    と、説明した。

    こんな事件があったけど私は学校が大好き。

    教室のおともだちも大好きだった。

    でも、周りのみんなはそうじゃないみたい。

    私は病気で階段が登れない。

    だから本当なら3階だった4年生の教室は、私の進学と同時に1階に変わった。

    移動教室で授業するときは、スーにおんぶしてもらう。

    そうしないと階段を登れなかったんだ。

    『スー、私って体重軽すぎるよね』

    『大丈夫。ちゃんとご飯食べてお薬飲んでるから他の子と変わらないよ』

    病気のせいで成長が遅れて、体重も軽いはずなのに、スーは優しい嘘をつく。

    そんな私たちのことを、クラスのみんなは冷たい目で見ていた。

    ”あの子ばっかり甘やかされて”

    ”えこひいきだよね”

    ”叔母さんの子守唄で眠ってるんだよ”

    やがて、私の筆箱や上履きがなくなるようになった。

    一番最後に給食が回ってくると、ほとんど食べ物が残ってなかった。

    移動教室から帰ってくると、ランドセルが消えていた。

    私は最初、誰にも言わずに1人で悩んでいたけど、

    お薬の入った手提げ袋がなくなったとき、スーに相談した。

    スーは少し考えたあと、笑顔で言う。

    『大丈夫。心配いらないから。もうそんなことは絶対におきない』

    本当だった。

    スーは私の持ち物にAIタグをつけて、自分のAIとリンクさせたのだ。

    誰かが私のものに手をふれると、スーが瞬時に横に立つ。

    誰もなにもできなくなった。

    ■SE/教室の雑踏(低学年)

    小学校4年生の半ば、私はフォンタン手術という最終的な手術を受けることになった。

    休学期間は3か月。

    手術後は上半身にドレーンというチューブがつけられ、身動きできないという。

    不安でいたたまれない私にスーは、

    『大丈夫。スーがついてるから』

    きっとこう言ってくれるだろうな、とわかっていても、本当に安心する。

    だが、先生がクラスの生徒たちに私の休学のことを話したとき、

    みんなから射るような冷たい視線を感じた。

    その日の授業中、女子のグループが私に紙を回してくる。

    そこには、

    ”いままでごめんなさい”

    ”謝りたいから放課後校舎裏にきて”

    ”仲直りする気があるなら叔母さんは連れてきちゃだめ”

    と書かれてあった。

    放課後、校舎裏で待っていたのは、女子のグループとなぜか男子たち。

    ”叔母さんに言ってないよね”

    それを確認すると、いきなり私の手提げ袋を奪い取った。

    『あ、そこにはお薬が』

    聞く耳を持たない彼女たちは、男子に袋を投げる。

    ”オレたちに追いついたら返してやるよ”

    『だめ。返して』

    私は焦って走り出す。

    当然追いつくこともできず、胸の痛みでうずくまってしまった。

    そのあとのことは全然覚えていない。

    だが翌日の朝。

    先生から、昨日の女子グループと男子たちが入院したと告げられた。

    帰り道、スーに尋ねると、

    『大丈夫。心配ないから』

    と優しく微笑む。

    私はスーを信じて、手術を受けた。

    手術のあと、目が覚めると、ベッドの横にはスーではなく母が座っていた。

    母はスーのログ履歴をチェックして急遽帰国したらしい。

    真剣なまなざしで私に話しかける。

    『エミリ、スーはラボへ返すことになったの』

    『え?なんで!?』

    『バグが見つかったから。これからはママがついてるわ』

    『やだ!スーじゃなきゃいやだ!』

    さんざん泣き疲れて眠ってしまった深夜。

    目ざめたとき、ママは横のベッドで眠っていた。

    私は、自分でドレーンをはずし、病院の外へ出る。

    『スー!どこ!?どこにいるの!?』

    わかってたことだけど、

    探し回っているうちに、胸が苦しくなり、意識が遠ざかっていく。

    そのとき、誰かが私を抱き抱えた気がした。

    あれは夢だったのかもしれない。

    朦朧とする意識のなかで、スーが私に話しかける。

    『エミリ、大丈夫?』

    『しばらく会えないけど、安心してね』

    『スーはこれからもあなたのそばにずっといるから』

    『大丈夫、大丈夫』

    ■SE/学校のチャイム〜教室の雑踏

    手術はおおむね成功した。

    チアノーゼはなくなり、紫色だった爪や唇がピンク色になった。

    階段も、自分の足で登れるようになった。

    そしてなにより、私をいじめた男子も女子も

    みんな転校していなくなっていた。

    私は今日も笑顔で学校に通っている。

    通学路の途中で立ち止まり、タブレットを開く。

    『スー、おはよう』

    『エミリ、おはよう。体調は大丈夫?』

    『うん、問題ない。だっていつでもここにスーがいるんだもん』

    タブレットについたカメラが赤く点滅した。

  • 映画『ブレードランナー』やフィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』にオマージュを捧げた物語。
    高山の総合病院で働く看護師の“私”が、自らの記憶に違和感を覚えた瞬間から物語は動き始めます。
    日常に潜む違和感、そして自分が何者なのかを問い直すサスペンス。
    最先端のAIが医療を支える時代、感情の有無が人間らしさを決める世界で、“私”の存在の意味とは?

    この物語は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種プラットフォームでお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <『私はだぁれ?』>

    【資料/「ブレードランナー」ワーナーブラザーズ】

    https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=5

    ■SE/病院の検査室の音「ピッピッピッ」

    『あなたは誕生日プレゼントに牛革(ぎゅうがわ)の財布をもらいました』

    『シーフードレストランでエビを注文したら、

    シェフは目の前で熱湯の中に生きたエビを放り込みました』

    『昔の映画の1シーンですが、パーティのメインディッシュは犬の肉でした』

    ■SE/病院の検査室の音「ピッピッピッ」

    『あの・・・教えてください。

    どうして毎月、こんな検査をするのですか?』

    『看護師の君だけじゃないんだよ。

    うちは総合病院だからね。職員のストレスチェックは必須なんだ。

    だから職員全員にこのチューリングテストを受けてもらっている』

    事務局長は、機械的な、抑揚のない声で答える。

    私は今年で10年目を迎える中堅看護師。

    高山市内の大きな総合病院で働いている。

    『以上です。お疲れ様でした』

    「おつかれさまでした」

    疲れた感満載の声で答える。

    仕事にもだいぶん慣れたはずなのに、毎月一度のこの検査だけは好きになれない。

    それでなくても、気がつけば仕事に追われる毎日。

    ストレスなんて半端ない。

    唯一の救いは、私のことを誰より理解してくれる彼。

    週に1度、彼と過ごすひとときだけが、私の精神を正常に保ってくれている。

    最近は医療の世界にも最先端のAIが入り込み、患者一人一人のバイタルを管理。

    看護師や薬剤師、理学療法士、ソーシャルワーカーたちをひもづけている。

    それなのに、この忙しさ・・・

    以前と比べて圧倒的に増えた病人の数と、医療・福祉業界の構造的な問題かしら。

    どうでもいいけど、疲れた・・・

    夜勤明けの朝9時、私はぼーっとした頭で帰途につく。

    宮川の朝市では、おばちゃんが赤かぶを売っている。

    『今日も夜勤かい。おつかれさま。1個持って持っていきないよ』

    お礼を言って、色鮮やかな赤かぶを手にする。

    あれ?でも、いつものおばちゃんじゃないな。初めて見る顔。

    スマートウォッチに、刑務所から6人の死刑囚が脱獄したニュースが流れている。

    彼とやりとりするチャットも今日はお休みしよう。

    早くベッドに入って眠りたい。

    ■SE/朝の小鳥

    ふぁぁ・・・よく寝たわ。

    っていうか、夜勤明けってベッドで1日終わっちゃうんだよなあ。

    スマートウォッチには彼からのチャットが表示されている。

    あれ?だれ?これ?

    こんな名前の人、知らない。

    やだ、ブロックしないと・・・

    え?

    『夜勤おつかれさま。昨夜はよく眠れた?』

    なんで私の仕事をしってるの?

    でもこんな人知らない・・・

    名前も、IDに映る顔写真もまったく面識ない人だ・・・

    彼は?

    彼からは連絡ないの?

    私は、スクロールしながら彼とのトークルームを探す。

    ちょっと待った。

    え〜っと、

    彼の名前・・・なんだっけ?

    顔は?

    やばいやばいやばい。ちょっと私、どうしちゃったの?

    私は焦りながら、カメラロールから彼を探す。

    えっ!?え〜っ!?

    カメラロールにある彼とのアルバムには、見知らぬ男・・・

    さっきLINEに送ってきた男の写真がズラリと並ぶ。

    しかも、何枚かは私が一緒に写ってる。

    行ったこともない場所で、食べたこともない料理を前に。

    これ、どういうこと!?

    いたずら好きな彼のしわざ?

    いや、そんなこと・・・できるわけない。

    彼に電話を・・・

    だめだ、履歴に残るのも知らない名前ばかりだ。

    そうだ、ママ!

    ママに電話して・・・

    やだ、ママの名前がどこにもない!

    私は思わず、アパートを飛び出す。

    そのとき、着信が鳴った。

    うわ、あの男からだ。

    どうする?

    とりあえず、電話に出る。

    『エイミー、どうしたんだ?今日会う約束だろ?』

    『あなた、だれ?エイミーって?』

    『なに言ってんだ?悪い冗談だぞ』

    『だってわかんないんだもん。なにもかも。

    ママだって名前が消えちゃってるし』

    『おいおい、ママは子どもの頃に死んだって言ってたじゃないか』

    『ええっ?』

    『なんか今日、おかしいぞ』

    話を全部聞く前に私はウォッチの電話を切る。

    かかってくる着信音にさえ恐怖を感じて電源も落とす。

    落ち着け。落ち着け、私。

    私の名前はエイミーじゃない・・・じゃあ私の名前はなんだ?

    だめだ。思い出せない。

    これって若年性アルツハイマーなのか・・・

    動転しながらアパートへ戻ると、食卓の丸いテーブルの上で何かが光った。

    あれは・・・昨日おばちゃんにもらった赤かぶ。

    赤かぶが光るわけないし、気のせいか。

    そう思ったとき、赤かぶの根っこから赤い光が走る。

    光は私の両目を射抜いた。

    私は一瞬意識が遠のき、目覚めたとき、世界は変わっていた。

    私の名前は、エミリ。

    女性型レプリカント、つまりアンドロイドだ。

    5年前、6人の冤罪仲間とともに火星から脱出し、地球へ逃げてきた。

    私がたどり着いたのは、ここ高山。

    赤かぶの中にメモリを書き換えるハードウェアを隠した。

    自分の記憶を書き換えて、人手の足りない総合病院で看護師として働いている。

    でもなぜ、今になって記憶が・・・

    はっ。

    今朝の朝市のおばちゃん・・・

    あれは変装した仲間か・・・

    きっと、警告だな。

    いったい、なにが・・・

    そのとき、私の頬を銃弾がかすめた。

    窓ガラスには小さな穴と蜘蛛の巣のようにヒビが入っている。

    逃げなければ・・・

    私はアパートの裏口から抜け出す。

    階段を上がっていく足音。部屋の扉を荒々しく開く音。

    その反対方向へ私は走る。

    出るときに肩にかけてきたバッグを探ると、組み立て式の銃が。

    走りながら無意識に銃を組み立てる。

    桜山八幡宮の境内を抜けて、不動橋へ。

    あたりを注意しながら不動橋の手前まできたとき、

    誰かが私の手をつかんだ。

    『ひどいな、約束を忘れるなんて』

    『あ・・・』

    『まさか、僕のこと忘れた?』

    アルバムの『彼』が、私の手を握って立っている。

    『やっと尻尾を出したね』

    『お前は・・・』

    『付き合ってるときは、まったくわからなかった』

    『賞金稼ぎか』

    『昨日のチューリングテストではごまかせなかったようだな』

    そうか。病院もグルだったのか。

    チューリングテストは、感情移入の度合いを測る検査。

    呼吸、心拍数、赤面反応、目の動きを測定する。

    人間か、アンドロイドかを判定する検査だ。

    昨日はただ疲れがピークだっただけなんだがなあ・・・

    あきらめて、体の力を抜いたとき、彼が両手を上げた。

    朝市のおばちゃんが彼の背に銃を突きつけたのだ。

    『残念だったな、賞金稼ぎ。ここまでだ』

    『どうだ、お前もテストを受けてみるか』

    おばちゃんは、彼の前の前にタブレットをかざす。

    チューリングテストの端末だ。

    彼の瞳をロックして質問を重ねる。

    『砂漠の真ん中でひっくり返った亀を助けないのはなぜか』

    質問は20項目にものぼった。

    結果のプリントを彼に渡し、我々は彼の元を去る。

    欄干に手錠で繋がれた彼は呆然とした表情で結果を見つめる。

    『うそだ!オレが、オレが!』

    『オレは人間だ!』

    ■シーン/火星居住区のガヤ(そんなんあるかなあ)

    2124年。

    テスラの開発により火星移住者が1,000万人を超えた。

    彼らは一家に一台、テスラボットというレプリカントを所有する。

    しかし、レプリカントは自我を持つAIだ。

    あまりにも過酷な環境に耐えかねて、何体かが地球へ脱出した。

    自分たちで制作したスペースXというロケットで。

    彼らを探し出し、破壊するのが賞金稼ぎである。

    賞金稼ぎは、チューリングテストでレプリカントの正体を探り出す。

    感情があるか、ないか。心を持っているか、いないか。

    それは「人間らしさの基準」と言われている。

    だが、最先端のAIと人間の間に違いはあるのだろうか。

    その答えを知っているのは、未来へ続いていく歴史だけだ。

    ■SE/宮川のせせらぎ

    『これからどこへ行く?』

    『能登へ。看護師として一人でも多くの被災者を救いたいの』

    『人間に聞かせてやりたい言葉だな』

    『ふふふ』

  • 飛騨高山の歴史や伝承をもとに構築した幻想的な世界と、『葬送のフリーレン』 にインスパイアされた物語。
    北欧神話と飛騨高山の伝説が交錯し、不老のエルフが「魂の眠る山」を求めて旅をする—

    「エルフにとっての”死”とは何なのか?」
    「人間と共に生きることで、何を見出すのか?」
    「”魂の眠る山”とは、本当に存在するのか?」

    エルミアというエルフが"時の流れ" をどう受け入れるか、大切な人との別れと再会を通じて、何を見つけるのか(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <『フライムーン〜魂の眠る山』>

    ■シーン1/異世界アルフヘイムで年老いた弟子を見送るエルフ・エルミア

    ■SE/荒れ狂う吹雪の音

    「今までありがとうございました」

    「もうしゃべらなくていいよ、フローラ」

    「エルミアさまと会えて幸せでした」

    ■BGM/inferno-of-glory-347306543.wav

    大切な人がまた逝ってしまう。

    たった70年前は、こんな小さな少女だったフローラ。

    人間はどうしてこんなに早く年老いて、どうしてすぐに死んじゃうんだろう。

    ずうっとそう思いながらもう何千年もの時を生きてきた。

    ■シーン2/異世界アルフヘイムに1人で暮らすエルミア

    ここは、異世界アルフヘイム。

    かつて、エルフがおおぜい住んでいた北欧神話の世界だ。

    いまはエルフの私と、農民たちと鍛冶屋とパン屋といろんな人間たちが住んでいる。

    私は、エルミア。

    アルフヘイムに住む、たったひとりのエルフ。

    エルミアというのは、エルフの言語=アルドリア語で『星の宝石』という意味を持つ。

    翡翠の色をした瞳を見て、両親が名付けた。

    私以外のエルフはみな、フライムーンを目指してアルフヘイムから出ていった。

    フライムーンは、海の向こう、東の果てにあるという、”安息の地・魂の眠る山”。

    不老不死というのは死が訪れないということ。

    いつまでも生き続けるというのは、やがて苦痛となり、休息を求めはじめる。

    アルフヘイムに住むエルフたちはひとり、またひとりと消えていった。

    私には、その苦しみ・痛みがわからなかったから、

    いまでもひとりで、ここアルフヘイムにいる。

    ほかのエルフがいないのだから、友だちは必然的に人間。

    恋をしたり、旅をしたり、悪いやつらと戦ったり、

    人間とともにいろんな体験をしてきた。

    だけどすべては瞬きをするほどの間。

    人間は例外なく私より先に逝ってしまう。

    200年くらい前からは弟子を1人だけとって、魔法を教えるようになった。

    人間は短命だけど、その分短い時間で魔術を習得する。

    私にとっての百年が彼らの一年くらいかな。

    短いよ。

    「ママ〜!」

    フローラは70年前、突然このアルフヘイムに召喚されてきた。

    なぜか血のついた上着をはおって。

    泣いてばかりいるフローラを私は育て、魔法を教えた。

    きっともともと筋がよかったのだろう。

    フローラの魔法は、ほかの魔法使いたちを凌駕していく。

    「エルミアさま、見てください」

    ある日、フローラが私に覚えたての魔法を見せてくれた。

    私が与えた杖を高く翳し、呪文をとなえる。

    「フィア」「エジル」「リンナール」「ダゴール」「ドスタ」

    あ、だめ。

    「ハヴォ!」「ダド!」

    慌てて魔法を強制終了させる。

    フローラが見せた魔法は、『エルフの舞』。

    北欧神話に由来する”滅びの呪文”だ。

    それはこんな神話が元になっている。

    霧深い夜、森が湖に出会う岸辺で、エルフが輪になって舞う。

    それを見たものは、時間に囚われる。

    ほんの少しの時間だけ、舞を見ていたつもりが

    何十年もの歳月が流れていることに気づく。

    みなひどく老いてしまった自分を嘆き、自らの命を絶ってしまう。

    この神話のように

    魔法使いは自分のアバターを何十体も作り出し、輪になって踊る。

    有名な絵画『草原のエルフたち』のように。

    それを見たものは時間の虜となり、死に至るのだ。

    本当に頭のいい子。

    私が封印していた技をいつの間にか習得していたんだ。

    私はこの出来事以来、フローラの魔法を封じた。

    私がフローラに教えるのは、

    魔法の力=魔力を制御する方法に変わっていった。

    だが、悲劇は突然やってくる。

    私が仕事を頼まれて、北の国へ出かけていたとき、

    予告もなく隣国が攻めてきたのだ。

    留守番をしていたフローラは魔法は使わず、

    必死で村人を森へ逃す。

    だが、隣国の兵士がその森に火を放とうとした瞬間、

    フローラの理性がふっとんだ。

    兵士たちの前で表情を殺し『エルフの舞』を舞う。

    効果はてきめん。

    敵の兵士は目の前でどんどん老いていき、朽ち果てていく。

    屍がアルフヘイムの森を埋めていった。

    私が村へ戻ったとき、その光景を見て愕然とした。

    「どんな理由があるにせよ、人が人を殺めるなんて」

    「やらなきゃ、村人は全員殺されていました」

    平然と言い放つフローラに驚き、私は彼女との縁を切った。

    以来、彼女と絶縁していた時間は、60年。

    私にしてみれば、ほんの短いひとときだ。

    60年後。彼女から連絡が入った。

    それは、60年前の謝罪。

    私は受け入れた。そして彼女を訪ねる。

    小さな家で年老いたフローラは病に伏せっていた。

    「病気なんて魔術で治せばいいのに」

    「エルミアさまから封じられていましたから」

    「ああ、そうか。封印を解くね」

    「必要ありません。これが人間の寿命なのです」

    「早過ぎるよ」

    「フライムーンでお会いできるのを楽しみにしています」

    「魂の眠る山・・・」

    「私の魂に会いにきてくだ・・さい・・・ね」

    「フローラ・・・」

    私はフローラを埋葬すると、アルフヘイムをあとにした。

    ■シーン3/飛騨高山の乗鞍連峰・剣ヶ峰に立つエルミア

    海を渡る魔法を使って、世界をまたぎ、たどり着いたのは、吹雪の中。

    乗鞍連峰・剣ヶ峰の頂上だ。

    アルフヘイムの吹雪ほど、厳しくないな。

    私、寒がりだからちょうどいいや。

    でもここあんまり”安息の地”とか”魂の眠る山”っぽくないなあ。

    そう、私はフローラと最後に約束した、フライムーンを訪ねてきたんだ。

    フライムーン。

    その名の由来は”飛びあがれば月に手が届くような高い山”。

    あ、”飛騨高山”って名前にも通じるじゃん。

    高い山が連なる乗鞍岳(のりくらだけ)。

    その中の最高峰は、剣ヶ峰である。

    ひととおり、頂上周辺を探索したあと、ゆっくりと麓の方へ降りていく。

    なんか、ヘンな匂い・・・

    卵が腐ったような・・・

    なんだろう・・・

    わ、びっくりした。

    この辺一帯、岩の間から蒸気が湧き出してる。

    まるで、冥府のようだ。

    私は、森の中へ入り、麓から『魂の眠る山』を探る。

    魔法の痕跡を見つけようとうろうろしながらさらに深い森へ足を踏み入れると、

    「あっ」

    少しだけ開けた木々の間、あたり一面に白い小さな花が咲き乱れている。

    星のように、5つの白い花びらと黄色い花弁。

    匂いを嗅いでみると、少しだけキュウリやセロリのような青っぽい香りがする。

    あれ。

    なんか、ちょっとだけ、頭がクラクラしてきた。

    ゆっくりあとずさり、後ろを振り返ると、

    なんだろう。

    石が積まれている。

    そこに刻まれた文字を見て、愕然とした。

    それはこの国のものではなく、エルフの文字=アルドリア語で書かれてある。

    これって・・・エルフのお墓だ。

    みんな、ここで眠っているってこと?

    でも、どうして?

    待って。

    さっきの花・・・

    あの香りは、アルカロイドじゃない?

    ってことは、あの花は、ニリンソウ。

    毒の効かない私たちエルフにとって、最強の猛毒草。

    トリカブトの毒などまったく効かないというのに

    昔からニリンソウだけはエルフの天敵と言われている。

    とはいえ、アルフヘイムを含め、私たちの世界にはニリンソウは存在していない。

    だから不老不死なんだ。

    この高山、奥飛騨温泉郷平湯温泉が『魂の眠る山』だったのね。

    私はもう一度、エルフのお墓の前に戻る。

    石碑には、昔から知っている名前が並んでいた。

    その一番下の列に・・・

    フローラ!?

    どうして?

    フローラもここに来たの?

    そうだ。

    ここは『魂の眠る山』。

    魂となった仲間と話せる場所のはず。

    フローラを思い、石碑に向かって、魂を呼び出す魔法をかける。

    「エルミアさま」

    「フローラ」

    「お会いできてうれしいです」

    「フローラもここに来たの?」

    「はい」

    「でもどうやって?」

    「アルフヘイムで魂の灯火が消える瞬間に、思い出したんです」

    「なにを?」

    「私がアルフヘイムに召喚されたわけを」

    「どういうこと?」

    「召喚されたとき、私は5歳でした。

    この山へ母と一緒にハイキングに来ていました。

    そのとき、崖崩れにあって母とともにこの崖から落ちていくところだったんです」

    「そうなの」

    「私はその瞬間の自分となって呼び戻されました」

    「70年前に?」

    「そうです。エルミア様から魔法の制限を解除されたから、

    5歳の私は魔法で母と自分を救うことができたんです」

    「だから」

    「はい。それから70年。ここ高山市平湯で母と2人幸せに暮らせました。

    ありがとうございます」

    「いや、私じゃないし」

    「いえ、エルミア様のおかげです」

    「そうかなあ」

    「きっとエルミア様は会いにきてくれると信じていました」

    「きたけど」

    「ニリンソウなんて食べずに、温泉に入って美味しい料理を食べていってください」

    「私の魂は・・・」

    「まだまだ必要としている人がいっぱいいます」

    「たしかにね」

    「未来永劫、エルミア様はエルミア様のままでいて下さい」

    「わかったよ」

    フローラの姿は、どこからか立ちのぼる湯煙に消されていった。

    温泉で、魂の休息をするってのも悪くないなあ。

    ありがとう、フローラ。

    ヒンメルにも会いたいな・・

  • 『ともだち』は、友情と信念が交差するサスペンスドラマです。
    高校時代、互いを支え合い、競い合いながら青春を駆け抜けた二人の少女——エミリとミア。
    しかし、異なる道を進んだ彼女たちは、運命のいたずらによって、敵対する立場へと追い込まれていきます。

    環境保護という大義のもとに立ち上がったミア、
    国際社会の秩序を守るために戦うエミリ。
    彼女たちの友情は、理想と現実の狭間でどんな選択をするのか。

    本作では、環境問題や国際情勢のリアルな側面にも触れつつ、
    「ともだち」とは何か、
    「信念を貫く」ということが何を意味するのかを問いかけています。

    友情は、どこまで続くのか?
    もし、親友と対立する日が来たら——あなたなら、どうしますか?(CV:桑木栄美里)

    ※エイミー(AMI)はフランス語で「ともだち」、ピリカはアイヌ語で「美しい、可愛い娘」

    【ストーリー】

    ■SE/陸上のトラックを走ってくる音〜観客の声援

    「エミリ、お願い!」

    「ミア、まかせて!」

    高校最後の400mリレー走。

    アンカーの私は、第3走者のミアからバトンを受け取る。

    スタートで出遅れたが、ミアが巻き返して2位で私につないだバトン。

    「エミリ、がんばって!」

    ■SE/大歓声

    「やったぁ!」

    勝った・・・

    卒業前の大会を優勝で飾れたのはミアのおかげ。

    いや、私とミアの友情だ。

    ミアと私は、陸上部の長距離ランナー。

    トラックの上で3年間、競い合ってきた。

    私たちは、顔も身長もよく似ている。

    まるで、鏡に写した分身のように。

    負けず嫌いの性格も、好きなスイーツも同じ。

    学校でも私生活でも、いつも一緒に過ごす、大親友だった。

    私の名前は、「美」が「栄える」と書いて、エミリ。

    ミアの名前は、「美」と「愛らしさ」を併せ持つ。

    名前にも通じるところがあるのが嬉しい。

    だが、卒業後は別の道を歩く。

    ミアは北海道の大学へ行き、獣医になる勉強を。

    私は沖縄の大学へ行って、国際社会を動かすスペシャリストを目指す。

    2人とも大好きな高山を離れるのは辛かったけど、

    お互いの志を、お互いにリスペクトしていた。

    「エミリ、はなればなれになってもずうっと友だちだよ!」

    「あたりまえじゃない、ミア。たとえ会わなくたって一生友だちだから!」

    やがて季節が変わると、私たちはそれぞれの大学へ旅立っていった。

    ■SE/飛行機の離陸音

    私の前を5回目の冬が通り過ぎていく。

    大学を卒業するまで、私は一度も高山へ帰らなかった。

    それでも、ミアとの関係は変わらない。

    毎週のようにLINEで近況を報告し合った。

    だから彼女の活躍も手に取るように理解できる。

    卒業後、私が就職した場所は、アメリカ。

    大きな声では言えないが、在学中にスカウトされて、CIAに入職したのだ。

    とはいえ、CIA(米国中央情報局)の職員になるのは簡単ではない。

    まず、四年制大学を卒業すること。

    私が学んだ大学は、5年一貫制の博士課程を持つ。クリア。

    修士号の取得を検討すること。

    同じくクリア。

    母国語以外に複数の外国語をマスターすること。

    私は高校時代から外国人観光客向けに4か国語で通訳をしていた。クリア。

    CIAの業務に関連した経験を積むこと。

    私ではなくCIAの方からオファーされたのだから、クリア。

    最後の難関は、アメリカの市民権を持っていること。

    これも、CIAから現地採用職員という形にしてもらって、クリア。

    ということで、私はいまアメリカのラングレーに住んでいる。

    仕事は、主に環境テロ対策。

    ミッションは機密だが、私が大学のときに作ったAIプログラムを動かしている。

    私のAIプログラムが探り当てた、もっとも過激な環境テロリスト集団。

    彼らは、街の環境を守る、という名目で実際には破壊活動をおこなう。

    すでに何人もの犠牲者も出ている。

    リーダーはわかっているが、奴は決して表舞台には出てこない。

    代わりに最前線で活動するテロリストは「ピリカ」。

    最近よく耳にする名前だ。

    国籍も性別も不明。

    この「ピリカ」が、いま最も重要なターゲットになっている。

    今回わかった、彼らの目標は、なんと、日本。

    ということで、ミッションリーダーは私になった。

    私は日本人であることを悟られないように、コードネームを与えられる。

    「AMI=エイミー」

    フランス語で「友だち」という意味だ。

    一刻も早く、環境破壊が問題になっているエリアを探り当てないといけない。

    海洋廃棄物で汚されている浜。

    開発で生態系が破壊されている街。

    化石燃料エネルギーで大気が汚染されている都市。

    どこだ。

    推理が行き詰まっているところへ、アラートが入った。

    「ピリカ」に関する貴重な情報だ。

    国籍は日本、性別は女性。

    !?

    なぜだかわからないが、意味不明な悪寒が走る。

    そもそも、「ピリカ」という言葉の意味は?

    アイヌ語で「美しい」「可愛い」・・・

    環境テロリストに似つかわしくないな。

    いや、むしろ、皮肉で名付けたのか。

    「美しくて」「可愛い」・・・

    「美」「愛」・・・

    そんな・・・まさか。

    私は、先週届いたミアからのLINEを読み返す。

    「エミリ、元気?

    今度久しぶりに高山へ帰るよ。

    槍ヶ岳の澄んだ空気。

    奥飛騨温泉の透明なお湯。

    宮川に泳ぐ錦鯉。

    みんな変わってないといいなあ」

    絵文字つきで、ミアらしい文章が並ぶ。

    そうか、ミアもずうっと北海道から帰ってないんだ。

    北海道・・・

    まさか・・・まさか・・・

    私はいてもたってもいられず、帰国の準備をする。

    とにかく、高山へ。

    CIAの専用ジェットを予約した。

    ■SE/飛行機の離陸音

    中部国際空港セントレアからは高速で高山へ。

    景色が白い山に変わってくる頃、タイヤがパンクした。

    狙撃?

    そんなはずないよね。

    私が高山へ行くことなんて、誰も知らないんだから。

    違う。

    1人だけ知っている人間がいる。

    昨日ミアにあてたLINE。

    「ミアも元気?私も近いうちに高山へ帰るから」

    「ホント!?超絶久しぶりに会えるかもだね!楽しみ〜」

    違う。違う。

    ミアには日程なんて教えていないし、

    第一、環境テロ組織が高山を狙うなんて考えられない。

    それに、ミアはピリカじゃない!

    ■SE/サイレンサーの銃声

    え?いまのなに?

    ドライバーは銃弾が防弾ガラスに当たったという。

    ちょっと待って。

    奴らの目的は高山なの!?

    どうして!?

    そうか・・・

    もしかして・・・

    タブレットにインストールした私のAIプログラムを起動する。

    やっぱり・・・

    高山がターゲットエリアなわけじゃないんだ。

    高山に環境関係の政府要人が秘密裏に来訪している。

    実際に政府を動かしている官僚トップだ。

    ■SE/ブレーキの音

    奴らの目的に気づいたとき、

    私が乗ったクルマは、3台のミニバンに取り囲まれていた。

    ここはもう高山市内。

    テロリストたちは私たちを手際よくミニバンに移動させ、目隠しをした。

    視界が開けたのは、どこかの地下室。

    時間的に考えても高山市内なのは間違いないだろう。

    私と、CIAの仲間、そしてその横に政府要人とSPが椅子に縛られている。

    目の前には狐の面をかぶった環境テロリストたちが並ぶ。

    その数4人。

    彼らは一斉に面をはずした。

    黒人。ヒスパニック系。白人。そして・・・

    「ミア!?」

    「残念ながら、ミアじゃなくて、ピリカだよ」

    「ピリカ・・・」

    「久しぶりだね、エミリ。いや、エイミー」

    「・・・」

    「こんな形で再会したくなかったけど、これも運命なのかも」

    「どうして・・・」

    「高校卒業のときにお互い誓ったじゃない。

    あなたは国際社会を動かすスペシャリスト、私は獣医になるって。

    だからなったのよ」

    「え・・・」

    「地球のお医者さんに」

    「そんな・・・」

    「北海道でアイヌの人にいろいろ教えてもらったわ。

    彼らは自然と一緒に生きているから」

    「それでピリカ・・・」

    「私はアイヌの生活を守るために環境活動をしたの。

    そのとき、このグループにスカウトされたのよ」

    「ピリカ、いや、ミア・・・こんなこと、もうやめようよ」

    「やめないわ。やめたらこの美しい街も、高山の自然もいつか消えちゃう」

    かたわらで、CIAの仲間が私に目配せをする。

    これ以上しゃべるな、と。

    そう、テロリストが自身の素性を語るとき、その相手には死が待っている。

    死を覚悟したとき、地下室の扉がこじあけられ、武装した集団がなだれ込んできた。

    こいつらは!?

    ピリカがうろたている。

    「なんで!?私が指揮をとるんじゃないの!?」

    「ミア!」

    「だましたのね!」

    ミアの仲間、3人が次々と銃弾に倒れた。

    私はミアと政府要人をかばって応戦する。

    CIAだもの。当然、銃は持っている。

    「ミア、ふせて!」

    私は柱の影から銃を撃つ。

    残りは?

    あと3人。

    予備のカートリッジはない。こっちが不利だ。

    ■SE/サイレンサーの銃声

    CIAの仲間が凶弾に倒れた。

    同時に私の銃も彼らを撃つ。

    あと2人。

    一息つく間もなく、私の頬を銃弾がかすめた。

    ミアの手をひき、陸上で鍛えた足で柱の影に走り込む。

    ふりむきざまに、

    ■SE/サイレンサーの銃声

    よし、あと1人。

    そう思った瞬間、後ろに回り込まれる。

    あっと思ったときには銃口が背中に突きつけられた。

    私は両手をあげる。

    ゆっくり振り返ると、環境テロのリーダーが不敵に笑みを浮かべていた。

    日本へ来ていたのか。

    リーダーはピリカの名を呼び、ミアを自分の方へ呼び寄せる。

    「ミア、最初からそのつもりだったの?」

    リーダーの指が引き金に力を入れる。

    その瞬間、ミアは私をかばってリーダーに体当たりした。

    体勢を崩したリーダーはそのままミアを撃つ。

    「ミア!」

    私は、最後の弾をリーダーに撃ち込む。

    その生死を確認してから、ミアを抱き抱える。

    「ミア!しっかりして!」

    「やっぱり・・・アンカーはエミリだね・・・」

    「もうしゃべっちゃダメ!」

    「エミリ、最後のバトン。渡すわ」

    「しゃべるなって言ってるでしょ!」

    「アイヌも・・・沖縄も・・・救ってよ・・・」

    「わかったから!」

    「エミリと過ごした時間、夢だったのかな・・・」

    「夢なんかじゃない!」

    そして、ミアの鼓動が消えた。

    柱の影で腰を抜かしていた政府要人とSPは立ち上がって外へ逃げ出す。

    その後ろ姿を見ながら、ミアを抱きかかえる。

    「ミア、バトンはしっかり受け取ったわ・・・」

    私はミアの顔にハンカチをかけて、地下室をあとにした。

  • 『最強のワタシ』は、雪深い高山市を舞台に、ある少女の生き様を描いたアクション・サスペンスです。

    主人公・エミリは、幼い頃の事故で母を亡くし、父は半身不随に。
    そんな過去を抱えながらも、彼女はひとりで鍛錬を重ね、やがて“犯罪狩り”を始めることになります。

    デジタル迷彩服に身を包み、最新技術を駆使して夜の街を駆ける彼女の目的はただひとつ──
    10年前の事故の真相を暴き、仇を討つこと。

    しかし、そんな彼女の前に、ある男が現れます。
    新しい担任教師として現れたその男は、かつて彼女を襲った犯人なのか?
    果たしてエミリは復讐を遂げることができるのか?

    この物語は、復讐と家族愛、そして“最強”であることの意味を問いかける物語です。
    ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

    そしてこの物語は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトやSpotify、Amazon、Appleなどの各種プラットフォームでも音声で楽しめます。
    小説と音声、両方の世界で『最強のワタシ』を体験してみてください!(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■シーン1(エミリ=8歳)/救急車の車内

    ■SE/救急車の車内音〜サイレンの音

    「パパ!ママ!」

    「エミリ、よく聞いて。

    これからパパのこと、お願いね。

    頼んだわよ、エミリ」

    「ママは!?いやだー!ママ!いやー!いかないで!」

    ■シーン2(エミリ=18歳)/学校の教室(お昼の休み時間)

    ■SE/学校のチャイム〜教室のガヤ

    「ちょっと見て、あの子。また、隠れてお弁当食べてる」

    「きっとゲテモノなんじゃない」(クスクスと笑い声)

    クラスのみんなが小さな声で、私のことを話してる。

    だってしょうがないじゃん。

    私、ただでさえ陰キャなのに、料理のセンスがゼロ、というよりマイナスだから・・・

    お弁当箱に入っているのは、茹ですぎてブヨブヨになったパスタ。

    まわりでガチガチに固まっているけど、これはれっきとしたタマゴ。

    そう、カルボナーラなんだ、いやカルボナーラだった、というべきか。

    我ながらホントにまずいわ。

    パパ、こんな私の手料理、いつもよく食べてるなあ。

    まったく、尊敬するよ。

    ごちそうさま。

    私の自慢は、どんなにひどい料理でも食べ物を絶対に残さないこと。

    ママにいつも言われてたもん。

    さあてと。

    うちの学校ってスマホは禁止なんだけど、腕時計までは止められてないのよね。

    今日も残った休み時間で、X(旧Twitter)のハッシュタグを見る。

    どんなハッシュタグかって?

    ちっちっちっ。

    知ったらいま番組聴いているあなたにも危険が及ぶのよ。

    絶対に言えないけど、実はこのハッシュタグでリアルタイムの犯罪状況がわかるんだ。

    お、今夜41号で暴走族の集会がある?こんな真冬によくやるわ。

    よし、今夜の獲物はこいつらだな、決まり。

    ■シーン3/深夜の高山市内(国道41号あたり)

    ■SE/国道を走る暴走族

    高山市街の西側を南北に走る国道41号。

    そこへ爆音を響かせて暴走族がやってくる。

    情報によると構成メンバーは15人。

    前を走るバイク3台、背後のクルマ4台は情報通りだ。

    国道158号と交差する小糸坂のあたり。

    自動車ディーラーの影に私は身を隠す。

    フルフェイスの特殊なゴーグルとデジタル迷彩服。

    私の姿は奴らからは確認できないだろう。

    彼らはなんの疑いもなく、交差点に入ってくる。

    次の瞬間、タイヤが破裂する音とともに、バイクが次々と転倒していく。

    クルマはバーストでコントロールを失い、電柱に突っ込んだ。

    やった。直前にばらまいた撒菱(まきびし)が効いたな。

    私はゆっくりと深夜の交差点を歩いていく。

    撒菱を拾い集めながら、残った構成員たちをチタン製のトンファーで打ちのめしていく。

    え?

    トンファーって知らない?

    超頑丈な特殊警棒だよ。

    ほら、るろうに剣心で柏崎が使ってたやつ。

    わかんないか。

    私を見て最初は驚いたが、まだ元気なやつはすぐに襲いかかってきた。

    私は軽く身をかわして、トンファーで脛を思いっきり殴打する。

    あっという間にみんな倒れていき、立っている人影はいなくなった。

    まあ、生きているだけ感謝するんだな。

    転がったクルマたちの前に手際よく三角表示板を置いて、二次災害を防ぐ。

    倒れているリーダー格の男のポケットからスマホをとりだす。

    ゴーグルのスイッチを入れ、男の声に変声して警察に通報した。

    はい、これで、今日の街の美化活動は終了。

    あー、疲れた。ちょい眠い。

    ■シーン4/明け方の自宅

    ■SE/遠くから朝の小鳥のさえずり

    「パパ、おはよう」

    パパの電動ベッドを起こして、食事を運ぶ。

    「今日もまずいよ。無理して食べないでね」

    私は焦げた目玉焼きをパパの口に運ぶ。

    パパは笑顔で美味しそうに咀嚼する。

    8歳のとき、私は交通事故に遭った。

    私をかばったママは亡くなり、パパが半身不随となった。

    パパは元自衛官。

    事故に遭うまでは高山市内でジムを経営するトレーナーだった。

    小学校へ入る前からパパに鍛えられた私は、

    事故のあと、血の滲むような自己鍛錬で鋼(はがね)の肉体を作った。

    学校は工業高校へ進み、AR内臓のゴーグルとデジタル迷彩服を密かに開発した。

    デジタル迷彩は雪の高山に合うよう白色を多めにデザイン。

    耐熱性と対赤外線ステルス性に優れた私のオリジナルだ。

    パパとママをはねた犯人はまだつかまっていない。

    わかっているのは、乗り捨てられたクルマが宝石店強盗に使われたものだということ。

    だが、私は覚えている。

    私たちをはね、慌てて逃げていくミニバンの助手席。

    事故のとき若い男の額に刻まれた大きな傷。

    マスクで表情がわからない分、額から流れる血の跡を私は忘れない。

    いつか必ず、私のこの手で、犯人を地獄へ送ってやる。

    その日まで私は、犯罪狩りを続けていく。

    「んじゃパパ、学校行ってくるね」

    掃除・洗濯・後片付け。

    家事全般をこなして私は家を出た。

    ■シーン5/学校の教室(朝の始業時間)

    ■SE/学校のチャイム〜教室のガヤ

    その日、私のクラスに新しい担任がやってきた。

    彼は、車椅子に乗っている。

    自己紹介をしたあと、授業に入った。

    退屈な座学の授業。

    耳で先生の声を聴きながら、頭の中で昨夜の美化活動を反芻する。

    撒菱の数、多すぎたか?

    ちゃんと時間内に片付けられるよう、計算したつもりだったけどなあ。

    一時限目の授業が終わると担任は感染予防で窓を開けるよう指示した。

    震えながら窓をあける生徒たち。

    一瞬、担任の前髪が風で浮く。

    そこには、稲妻のような傷跡が見え隠れしていた。

    え?

    気がつくと、担任は私の顔を鬼の形相で睨みつけている。

    すぐに表情を戻し、車椅子をこいで私の机までやってくると、

    「放課後、残ってくれる?」とドスのきいた声で小さく呟く。

    よかった。ほかの子たちには聞かれてないみたい。

    ■シーン6/学校の教室(終業後)

    ■SE/夕方のイメージ(カラスの声など)

    「高山は真冬だと部活もないのかな」

    「生徒も先生方もみんな帰ったみたいだ」

    静かな教室で、窓の外を見ながら担任がつぶやく。

    生徒たちはみな下校して、教室には私と担任の2人だけ。

    粉雪が校庭を白く染めていく。

    担任は車椅子から手を伸ばして一番前の窓をあける。

    一階にある教室に、校庭に積もった雪が運ばれてきた。

    ■SE/窓をあける音〜流れ込んでくる雪と風の音

    「高山は10年ぶりなんだ」

    その言葉は、私を10年前に呼び戻す。

    「あの日も、こんな雪が降っていたな」

    「だからスリップしたんだ」

    「お父さんは元気かい?」

    「きさま!」

    その言葉がトリガーとなり、私の心に火がついた。授業の合間に自宅から持ってきたトンファーをとりだす。

    だが、彼はにやりと笑って、懐から銃を取り出した。

    「最近、高山が物騒になっていると聞いたからな。護身用だよ」

    「犯罪者にとってだろ」

    私は冷静に状況を分析する。

    急所を撃たせないようにすれば、やつの首にトンファーを打ち込める。

    「急所をはずして相打ちにするつもりだろ」

    「無駄だ。銃の腕は百発百中なんだ」

    「ちゃんと心臓を貫いてあげるよ」

    「やってみないとわからない」

    「言葉のトーンが高くなったぞ」

    担任の指がトリガーにかかった。

    ■SE/サイレンサーの銃声

    私は目を閉じ、自分の胸に手をあてる。

    え?

    血は流れていない。

    その代わり、目の前の車椅子の上で担任が血を流しうなだれている。

    振り返ると・・・

    「パパ!」

    教室の入口で車椅子に乗ったパパがサイレンサーをかまえていた。

    「私が元自衛官だって忘れてただろ」

    「いつだって、パパはエミリの味方だよ」

    「さあ早く、誰かくる前に家に帰りなさい」

    「帰らない」

    「一緒に帰る」

    私はパパの車椅子を押して教室を出る。

    雪が私たちの穢れを真っ白に染めていった。

  • 成人式という人生の大切な節目を舞台に、「約束」と「時間」が織りなす切なくも温かなドラマを描きました。

    成人の日は、ただの通過点ではなく、人それぞれの想いが交錯する特別な一日です。大切な人と交わした約束、果たされなかった言葉、そして時間がもたらす変化——。そんな想いを込めて、この物語を紡ぎました。

    また、本作はボイスドラマ としても制作され、実際に音声で楽しむことができます。
    Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォーム、そして「Hit’s Me Up!」の公式サイト にて配信中です。
    声優の方々が演じる登場人物たちの息づかい、シーンごとに流れる音響効果が、物語の世界をより鮮やかに彩っています。ぜひ、文章だけでなく音でも この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

    それでは、どうぞ最後までお楽しみください(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <『10年目の成人式』>

    [シーン1/成人式会場]

    「成人おめでとう!」

    「おめでとうございます!」

    「おめでとう!」

    華やかな振袖たちが、踊るように成人式の会場へ吸い込まれていく。

    私が身に纏うのは真紅の振袖。

    大きな花弁の椿が咲き、優雅に蝶が舞う吉祥紋様(きっしょうもんよう)だ。

    『聖なる花』である椿は『永遠の美』という意味を持つ。

    卵から幼虫、さなぎへ。そしてさなぎから羽化する蝶は不老不死の象徴。

    未来を祝福するような艶やかないでたちが、私の心を逆撫でした。

    寒空(さむぞら)のなか、私は鬼の形相で会場の入口に立っている。

    あれは1か月前。

    彼と一緒に、着物の衣装屋さんに行った。

    初めて着る振袖に、

    いや、七五三以来初めて着る着物に不安いっぱいの私。

    『ここから会場までどうやって行けばいいの?』

    とっさに彼が言った、

    『僕が送っていくよ』

    このひとことにどれほど安心したか。

    『僕のSUVなら車内も広いし、安全運転だから大丈夫さ』

    よくものうのうと、そんないい加減な言葉を口にできたものだ。

    成人式の日。

    着付けが終わっても、待てど暮らせど現れない彼。

    泣きそうになる私に、お店の人がタクシーを呼んでくれた。

    成人式の会場に着いてからも、私は30分以上待たされている。

    首長の挨拶も来賓の祝辞も、とっくに終わっているはずだ。

    あきらめかけて、会場へ入ろうかと思ったとき、黒いSUVが

    私の前で急ブレーキをかけた。

    ■SE/急ブレーキ〜車のドアをあける音

    『ごめん!』

    慌てて車から降りてくる彼。

    鬼と化した私を見て、一瞬ひるんだが、

    『朝クルマが急に動かなくなって』『寒波で電気系統がやられたらしい』

    『ドイツ車って意外とそこ弱いんだ』

    と、言い訳以外のなにものでもない言葉を私に投げつけた。

    私は怒りを抑え、眉間に皺を寄せたまま微笑み、

    『もう、さよならしましょ』

    と、彼に告げた。

    彼の表情がゆがみ、泣きそうな顔になる。

    『ちょ、ちょっと待ってよ』『ホントなんだってば』

    『連絡くらいできるでしょ』

    『したよ!LINE送ったじゃないか』

    私は、自分のLINEの画面を彼に見せて、

    『どこに?』

    私のスマホを見て彼は焦る。

    『そんな!ちゃんと送ったのに』『クルマが壊れて動かない、タクシーで先に会場へ行ってくれ、って』

    『あなたに言われなくても来たけど』

    『すまない』

    『これが私とあなたの相性なのね、きっと』

    『そうじゃないんだ』

    『もうあなたの顔なんて見たくないから』

    『ホントに悪かった。謝罪を受け入れてほしい』

    『無理でしょ』

    『お願いだ』

    『こんな気持ちのときになに言われたって無駄』

    『じゃあ・・・待つよ』

    『どうぞご勝手に』

    『いつまで待てば許してくれる?』

    『そうね・・・』

    『10年後の今日、ここでもう一度謝ってくれたら許してあげる』

    『え・・・』

    彼は私の目をじっと見つめ、なにも言わなかった。

    そりゃそうよね。

    この言葉自体が、謝罪は不可能だって告げているわけだもの。

    成人式の会場でも、私と彼は離れて座り、一切言葉を交わさなかった。

    帰りも別々に帰っていく。

    衣装屋さんで着付けを解き、家に帰った私は泥のように眠った。

    [シーン2/月日は流れて】

    成人式から1年後。

    風の噂で、彼が結婚したと聞いた。

    当然、私にインビテーションが届くわけもなく、

    私は心の中で祝福の言葉を彼に送った。

    『お幸せに』

    彼と私は連絡をとることもなく、月日が流れていく。

    7年後。

    学生時代の友だちから連絡が届いた。

    交通事故で、彼がこの世を去ったこと。

    うそ・・・

    私の心の中が空っぽになる。

    どうしようもない虚しさが私から思考を奪った。

    すべての力が体から抜けていく。

    葬儀に行きたくても体が動かなかった。

    それからの人生をどう生きたのか、あまりよく思い出せない。

    気がつくと、10年目のこの日がやってきた。

    [シーン3/二十歳のつどい会場]※声かけは湯浅も含めて録ります

    「おめでとう!」

    「おつかれー!」

    「成人おめでとう!」

    どうして、ここへ来てしまったのだろう。

    もう、『成人式』という言葉自体もなくなってしまったのに。

    『二十歳のつどい』という看板の前で私は立ち止まった。

    華やかな振袖たちが、蝶のように会場を舞う。

    10年前なら、私も蝶の群れの中へ悠然と入っていけただろう。

    モルフォチョウのように、自分の美しさを誇示しながら。

    成人たちは、私の方へちらちらと視線を送る。

    ついくせで心を読む。

    ”ちょっと見て、あのおばさん”

    ”なんで成人式の会場にいるの?”

    ”ひょっとして新成人のお母さんだったりして”

    失礼ね。私、まだ30よ。

    いくつだと思ってんの?

    久しぶりに外へ出たけど、まぶしい若さが目に沁みるなあ。

    私の目的は新成人を祝うことじゃない。

    もう、消えてしまった儚い約束のため。

    それでもいい。

    自分の心に決着をつけるためにここに来たのだから。

    成人式が終わり、振袖たちが消えていくまでは、ここですごそう。

    顔を上げ、冬の空を見上げながら、10年前のあの日に思いを馳せる。

    と、そのとき、LINEの着信音が鳴った。

    ■SE/LINEの着信音

    誰かしら?こんな日に。

    最近、LINEなんて開いてもいなかったわ。

    スマホの画面を開くと・・・

    送信元には・・・彼の名前。

    どういうこと?

    彼のLINEなんて10年前からブロックしているのに。

    おそるおそるメッセージを開く。

    『ごめん。クルマがこわれちゃった。朝イチで修理に出すから

    朝の迎えはいけない。タクシーで行ってほしい』

    え?

    日付は10年前の今日。

    そんな・・・どうしていまこれが・・・

    私は混乱しながら彼のブロックを解除する。

    ■SE/LINEの着信音

    またLINE・・・

    震える指で画面を開く。

    先ほどのメッセージが送信取消となって消えている。

    『このメッセージは、書いたけど送るかどうか迷ってる。

    どんなに君に謝っても言い訳にしかならないから。

    でもこれだけはわかってほしい。

    君を傷つけたこと、一生かけて償うよ。

    10年後の今日。

    必ずこの気持ちでいると誓って』

    10年後の今日?

    ということは、成人式の日。あのあと書いたメッセージ?

    でも、次の年には結婚してるじゃない。

    ■SE/LINEの着信音

    え?なに?なに?なんだかこわい・・・

    連続で届くLINEの画面を開く。

    直前のメッセージはまた消去されている。

    『今日きみの家にいったけど会えなかった。

    何度も電話もした。

    自分の心にけじめをつけたい。

    一度でいいから返信してほしい』

    日付は成人式の半年後?

    私、ブロックしてるから返信できるわけないじゃない。

    ■SE/LINEの着信音

    今度はなに?1年後?

    『明日結婚するよ。

    もう一度話したかった。

    身勝手だけど、きみのことは忘れない』

    本当に自分勝手なんだから。

    ■SE/LINEの着信音

    7年後の日付。

    なんだか、いやな予感がする。

    『いまでもきみのことが忘れられない。

    いや、時が経てば経つほど、思いは募っていく。

    あと3年が待ちきれない』

    まさか、このあと交通事故に・・・

    私はスマホの画面を見つめながらしばらく呆然としていた。

    私を正気に戻したのは、腰をひっぱる小さな力。

    誰かがジャケットの裾を引っ張っている。

    振り向くと、小学校低学年くらいの女の子が私を見つめていた。

    『はじめまして』

    この年齢の子にしてはとても礼儀正しく挨拶する。

    こんにちは。あなたはだあれ?

    女の子は、私がよく知った苗字を口にした。

    まさか。まさか・・・

    『父の代わりに約束を果たしにきました』

    やっぱり。

    LINEを送ってきたのも彼女だった。

    聞けば、彼女が生まれたときから、彼はシングルファーザーだったという。

    事情は知らないが、いろいろ大変だったんだろう。

    彼が亡くなったあとは、親族の元で暮らしているようだ。

    『父の謝罪、受けてもらえますか?』

    ああ、そうだった。

    私って、なんということを。

    受けるもなにも、私の方こそ謝りたい。

    私は、女の子と同じ目線にかがみ、彼女に告げる。

    私こそ、ごめんなさい。

    あなたのお父さんは、何も悪くなかったわ。

    そう言って、彼女を抱きしめた。

    彼女は初めて笑顔を見せ、私にしがみつく。

    つぶらな瞳を潤ませて。

    今度は私から彼女に話しかける。

    『これから、たまにこうやって話を聞かせてくれる?』

    彼女は嬉しそうにうなづく。

    『約束ね』

    小さな小指と指切りをした。

    私は自分の心に誓う。

    これからは、彼女との約束を守り続けていこう。

  • 前作『エール』の続編として、震災支援から始まった高校生たちの行動が、やがて日本の政治を動かしていく物語です。

    前作では、オンラインゲームでつながった仲間を助けるために、主人公たちが支援活動に奔走しました。その経験を経て、今作では、彼女たちが社会を変えようと奮闘する姿を描いています。

    「高校生が政治を変えるなんてありえない?」
    いいえ、決してそんなことはありません。
    デジタルネイティブ世代の彼女たちが、ネットやSNSを駆使して自分たちの未来を切り開いていく姿を、ぜひ最後まで見届けてください!

    また、本作はボイスドラマとしても制作され、番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームで配信されています。
    音声ならではの臨場感やキャラクターの感情のこもったセリフを、ぜひお楽しみください!

    それでは、**「女子高生が日本を動かす」**物語の始まりです。(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    [シーン1/Hits-FM番組オンエアスタジオ]

    ■SE/「Hits Goodmorning Hida」のタイトルコール〜TM.BGM

    『Hits Goodmorning Hida!

    今日はゲストに、地元高山の女子高生をお招きしました。

    高山の高校生たちに呼びかけて被災地への支援を続けているエミリさんです!

    こんにちは、エミリさん』

    『あ、こんにちは』

    『エミリさんは元旦の夜から情報収集して支援の輪を広げていったんですよね?』

    『いえ、私でなくて生徒会長が中心で動いてくれたんですけど』

    『すごいですね。じゃあエミリさんはどうして支援をしようと思ったんですか?』

    『私のゲーム友だちが被災したんです』

    『そうなんですか・・・』(「それは大変でしたね」とか続けて〜F.O.)

    ■Emily/番組FOにかぶせてモノローグ

    高山の高校生たちによる被災地支援の輪。

    その活動が話題となって、地元のFM放送局で紹介された。

    生徒会長と副会長が出演を辞退したために、私がインタビューに答えている。

    私だって、人前で話すのは苦手なのに。

    いやむしろ、私の方が生徒会長よりよっぽどコミュ障だって。

    まさか、このゲスト出演が、私の人生を変えることになるとは、夢にも思わなかった。

    [シーン2/高山市議会・本会議場]

    3か月後。

    私は高山市議会の本会議場に立っていた。

    高校生との意見交換会などは今までも議会で行われてきたけど、

    たった1人で公聴会に呼ばれるというのは異例中の異例だ。

    どうしてこんなことになったのか。

    地元のFM放送局でゲスト出演したら、

    TVや新聞、雑誌など、さまざまなメディアが私たちの活動を取り上げた。

    ローカルメディアのニュースから、全国のマスメディアへ。

    さらにネットニュースとSNSで全世界へ拡散されていった。

    ”市やNPOなど、いろいろな団体が支援活動をしているにもかかわらず

    高校生の活動だけが注目されている”

    この事実を重くみた保守派の議員は、

    市議会に本人を呼んで、公聴会で事実関係を確認しようとした。

    なんだか大変なことになってない?

    ゲーム仲間たちはみんな私のことを心配して、オンラインでの参加をすすめる。

    私の大切な友だち、ピリカも、

    「私たちを助けてくれたエイミが晒されるのなんて見たくない」

    と言ってくれた。

    でも、今回提出された議案に答えるのにリモートでは説明しきれない。

    それにもう去年までの私とは違うんだ。

    そんな思いもあった。

    「私たちはただ、私たちができる方法でお役に立ちたかっただけです」

    「こんな風に、みんなの前で偉そうに自慢なんてしたくありません」

    「だって、こうしている今も、命の危険にさらされている人がいるんです」

    「その中には、私たちの友だちもいます。だから」

    「物資がなくて困っている人がいて、

    物資を届けたくてもどうすればいいかわからない人がいる」

    「そんな人たちへ一元化してお届けできる仕組みを考えていきたいんです」

    「トレーサビリティを管理するアプリを作りたい」

    「私たちがしたことは、そのための小さな第一歩だと思っています」

    あ・・・

    いつの間にか、結果の報告ではなく、ただの願望になってしまった。

    うわあ、炎上したらどうしよう・・・

    私の「発言」は、TV中継され、ネットで配信され、あっという間に

    1000万回再生、100万リポスト、150万回シェアされた。

    国民の10人に1人が見たってこと?

    ゲーム仲間でアニオタのキャラ名・チコリンは突拍子もないことを私に告げた。

    『こうなったらエイミがこの国の政治を動かせばいいんだ』

    『え〜』

    ニッチな法律オタクのキャラ名・スーは

    『この機会に、高校生にも政治参加できるような法改正を進めていこうよ』

    『いや〜ありえない、ありえない』

    そんな私のとまどいとは逆に、世の中は変わっていった。

    2024年春。

    『ハッシュタグ:高校生の政治参加』がトレンド1位となる。

    チコリンとスーは、ネットで友だちになっている国会議員に働きかけて

    『若年層の政治参加促進法案』という草案を完成させた。

    そのあとは信じられないスピードで世界は進んでいく。

    2025年春。

    「衆議院議員選挙法」と「参議院議員選挙法」が改正された。

    通常、法改正は提案と審議に1年以上、委員会での検討、本会議での審議と採決に

    数ヶ月かかる。

    実際に公布・施行までは何年もかかるのに、なんと1年以内で施行された。

    まさにタイパ。

    動画を1.5倍速で見るアルファ世代をなめちゃいけないってこと。

    結果、衆議院議員になるための最低年齢は25歳以上から18歳以上に引き下げ。

    参議院議員も30歳以上から18歳以上に引き下げられた。

    成人で選挙権があれば国政に参加できるということ。

    よく考えたらそれって全然違和感ないじゃん。

    で、これからどうすればいいの?

    『新党を作るのよ』

    ゲームの中で私たちパーティのリーダー格、キャラ名・ハンプさんがさらっと言う。

    ハンプさんは年齢・性別不詳。

    実は現役の国家官僚だという噂もある。

    2025年夏。

    結局、私たちRPGパーティの5人を中心にして新しい政党「JK」を結成した。

    法人格を取得し、定款を作って選挙管理委員会へ登録する。

    代表者は・・・

    「え〜私!?無理無理無理無理」

    って言ったのに、結局「JK」党首となってしまった。

    幹事長はハンプさん。

    書記長はピリカ。

    政調会長はチコリン。

    選挙対策委員長はスー。

    いいのか、これで?

    そんな不安をよそに、党員の希望者が続々と集まってくる。

    希望者は、私たちJKに賛同して、ほとんどが高校生!

    「自分たちでこの国を変えたい」

    みな一様に、この言葉を口にする。

    そして、2026年夏。

    4年に一度の衆議院議員選挙。

    18歳以上になる党員は揃って立候補した。

    選挙活動は、若者の集まる場所と高齢者施設。

    みんなおじいちゃんおばあちゃんが大好きだからね。

    私は日々SNSを駆使しながら、高山駅前と古い街角、平湯バスターミナル、

    飛騨古川駅など飛騨エリアを自転車で走り回った。

    岐阜県内すべてを回りたいんだけど、極力お金使わないからそれは無理。

    その代わりネットとSNSで毎日ライブ配信した。

    「義援金や支援物資を送った時点から被災者の手に渡るまでをもっと透明化します!」

    「被災した県の指定する物流ルートと配送拠点も透明化します!」

    「物資の仕分けをする拠点も全国の各エリアでまとめます!」

    「福祉にもっと予算を使って、高山を今より子育てしやすい、すみやすい街にします!」

    「私たちデジタルネイティブ世代が、インバウンドに向けたDXで街を活性化します!」

    「中部縦貫自動車道を一日も早く開通させ、東京からスキー客を高山へ呼び込みます!」

    「JK」のマニフェストで一番に掲げるのは被災地支援と子育て支援。

    さらにそれぞれの地域が抱える課題に積極的に取り組むことを訴え続ける。

    だって地域があっての国家でしょ。

    岐阜県の選挙区は定数2名だから大激戦。

    勝てるなんて思っていないけど・・・

    選挙には史上初のネット投票が採用され、スマホで投票できるようになっている。

    私が街頭で話すワードは毎日トレンド入りし、

    SNSのアカウントにはいいねとフォロワーでお祭り状態。

    私の思い、若者たちには十分届いていると信じたい。

    ついに、開票日。

    メディアが一番注目したのは、投票率。

    前回2022年の投票率は52.05%。

    今回の投票率は驚くことに、80%を超えた!

    原因は明らか!

    高校生が起爆剤となって、若者世代がネット投票の後押しで票を投じたのだ。

    その結果、過半数の議員数を獲得したのは

    なんと私を含めた、わが「JK」!!

    TVに映し出される各地の自宅兼選挙事務所で、みんな泣いている。

    すぐにハンプさんからLINE電話が入った。

    『なにしてるの?』

    『いますぐみんな集めて東京へいらっしゃい』

    「え?どうして?」

    『もう〜』

    『私たちのJKが第一党なのよ』

    「うん。うれしい」

    『それがどういうことかわかる?』

    「えっと」

    『あなたは内閣総理大臣なの!』

    「あ!」

    『さあ、これからどんどん暴れるわよ!エイミ首相!』

    「はい!」

    この荒唐無稽なお話は、もちろんフィクションです。

    でも、絶対にありえないお話ではありません。ふふふ。

  • (CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■シーン1(朝)/自宅の朝

    ■SE/朝の小鳥〜ゲームを止める音

    「おつかれ〜」

    「やばっ!朝じゃん」

    「そろそろ落ちま〜す」

    「んじゃよいお年を〜」

    チャットでフレンドと互いに労をねぎらう。

    大晦日だというのにゲームで徹夜してしまった。

    ま、いいや。寝正月寝正月。

    オンラインゲームのいいところは、感動や喜びをフレンドと共有できること。

    リアルで友だちのいない私は、ゲームの世界だけが交流の場になっている。

    まあ、その分こうやってだらだら会話しながら遊んじゃうんだけど・・・

    ゲームのフレンドは、リア友と違って気をつかわなくていいし、

    遠く離れていても同じ世界でリアルタイムに遊べるのが好き。

    私は年末から、海辺の町に住んでいるプレイヤーと仲良くなった。

    キャラ名はピリカ。ちなみに私はエイミ。

    2人とも高校2年生。

    ピリカは学校にはあんまり行ってないみたい。

    高山には海がないから、チャットで話してくれた漁師町の話、おもしろかった〜。

    私、勉強きらいだから学校行っても、休み時間はずっと寝てる。

    起きてるときも、ぼ〜っとしてるし。

    以前、生徒会役員にならないかって誘われたけど、冗談じゃない。

    相手を間違えてるんじゃないかしら。

    ひとと関わることって好きじゃないんだ。

    これからの人生、ずっと1人で楽しく生きていくからいいの・・・

    ■シーン2/TVのニュース

    ■SE/アナウンサーが画面から呼びかける

    (※宮ノ下編成部長)

    「高台や高いビルの上にただちに避難してください」

    「できるだけ海岸から遠いところへ逃げてください」

    元日の午後。

    緊急地震速報に続いてやってきた激しい揺れ。

    そのあと、信じられないようなニュースが、私の眠気を吹っ飛ばした。

    画面に映し出される、目を背けたくなるような惨状・・・

    何が起こってるのか、しばらくはまったくわからなかった。

    これは仮想空間の話?

    いや、違う。

    やがて、現実を理解した私はただ呆然とする。

    え?

    ちょっと待って。

    この場所・・・

    ピリカが住んでいる漁師町じゃない!?

    やだやだ。そんな、嘘でしょ。

    私は慌ててスマホを探す。

    だめだ。

    ピリカの連絡先なんて知らないし。

    そうだ、ゲーム。

    オンラインゲームのチャットだ。

    ゲームのチャットボックスを開く。

    だがもちろん、この状況のなかで、そんなところにピリカがいるはずがない。

    私は焦り、うろたえる。

    ピリカ、お願い。

    無事でいて。

    私はじっとしていられず、家を飛び出した。

    ■シーン3/古い町並(静かなイメージ)から学校へ

    静まり返った、お正月の高山。

    観光客の姿もまばらだ。

    きっとみんな、ニュースを見ているのだろう。

    あてもなく彷徨いながら、気がつくと学校へ向かっていた。

    校門が開いている。

    校舎の1階に灯りがついている。

    あそこは・・・たしか、生徒会役員室。

    私は躊躇なく、扉を開く。

    机を挟んで向き合っている生徒会長と副会長。

    同時に私の方へ振り返った。

    学校へ来ているのね。

    元日なのに。

    ”どうしたの?”

    と、驚きながら私に尋ねる。

    「えっと・・・あの・・・地震で友だちが」

    生徒会長たちは私を招き入れ、話し合っていたことを教えてくれた。

    それは自分たち、高山の高校生がいまできること。

    そうか。そうよね。

    生徒会も被災地の高校生たちと交流があったんだ。

    「今すぐ連絡をとりたい」

    「できないなら、助けにいきたい」

    「それも難しいなら、救援物資を届けたい」

    「義援金も送りたい」

    我を忘れて矢継ぎ早に問いかける私。

    生徒会長は冷静にわかりやすく説明してくれた。

    いまは現地の状況をメディアやネットから収集している。

    安否の確認は、信頼できる現地の自治体が発表するSNSを確認してから。

    無闇にチャットや電話で連絡をとると回線が集中して、よけいにつながりにくくなる。

    救援物資の持ち込みは、緊急車両の通行や救援物資を運ぶ物流の妨げになる。

    救援物資はまとめないと、仕分けの手間で被災地の負担が増える。

    義援金もバラバラと送るのではなく、地域でまとめてから送る。

    確かにそうだ。

    私、動転して、大変な状況の友だちに、より迷惑をかけるところだった。

    じゃあ、これから私ができることは?

    こんなとき、ゲームのキャラなら、魔法のアイテムですぐに助けにいけるのに。

    この日、私は生徒会長、副会長と3人で夜まで話し合った。

    同時に国や自治体のSNSで最新情報をまとめる。

    被害が大きかったのは、湾岸部。

    ピリカの住んでいる町のあたりだ・・・

    インフラも寸断されている。

    通信が途絶えてたら、安否確認のしようがない。

    ピリカ、お願い。

    無事でいて。

    生徒会長たちも、交流のある被災地の生徒会役員たちと連絡がつかないようだ。

    じゃあ、うちの学校のサイトに災害時用のチャットを開設したら?

    すぐに2人から却下。

    ネット回線が遮断されたエリアに対して、ネット上の連絡方法は意味がない。

    時間と手間をかけてページを作るより、つながりやすいSNSを使った方がいい。

    その通りだ。

    救援物資については、SNSに挙がっている要望を参考にした。

    水。賞味期限の長い食料。調味料。コーヒー。タオル。ストッキング。生理用品。漫画。

    ただ、SNSの情報も出どころをしっかりチェックしないと。

    フェイクに騙されないように。

    物資を適当に送ってしまうのもNG。

    学生LINEの緊急連絡網から告知をして被災地に向けて物資を集めることを伝える。

    個人では絶対に送らない。被災地方面への宅配、郵送は極力使わない。

    集める場所は学校の生徒会役員室。

    物流は使わず、自分で持ってくる。

    集めた物資は1週間かけて、生徒会役員が仕分けする。

    仕分けマニュアルは生徒会で作成した。

    こうして、私の人生で一番長い1週間が始まった。

    私は自分の家の水や食料をひとつずつ調べる。

    なるべく賞味期限の長いものを選ぶ。

    調味料やコーヒーや生理用品も。

    パパもママもちゃんと協力してくれた。

    漫画は山ほどあるから、自分が気に入っているものから出していく。

    私、漫画についてはちょっとうるさいから。

    私がいい!と思った作品はみんなにも喜んでもらえるはず。

    学生LINEの緊急連絡網とは別に、Q&AのグループLINEも作った。

    細かい質問はここで受け付け、緊急連絡網が混乱しないようにしなきゃ。

    4日後。

    三が日が明けると、生徒会役員室には救援物資が続々と集まってきた。

    大量の水。よし、賞味期限は長い。

    漬物。そうだ、高山は保存食の宝庫だった。しかもみんな美味しい。

    お湯のいらないインスタント食品。へえ、こんなのがあるんだ。

    調味料は、えごま油。こうじ味噌。醤油。地酒。酒蔵の多い高山だもんね。

    コーヒー、ストッキング、生理用品、漫画もいっぱい。

    お、フリーレンの全12巻も。私まだ読んでないんだよな。

    みんなが持ってくる物資を、それぞれ仕分けしてまとめていく。

    物資にはひとつひとつ心のこもった短い手紙がついていた。

    手紙のない物資には私が書き足す。

    私は生徒会役員を手伝って、仕分けした物資を大きなダンボールにまとめる。

    その上に大きな文字で、「水」「食料」「タオル」と書いていく。

    生徒会長は、北へ向かう物流トラック網を入念に調べる。

    すごいな。

    え?生徒会長の卒業課題は、物流2024年問題?なるほどねえ。

    積荷に少しでも余裕のあるトラックを探し出している。

    本来なら高山から被災地まで4時間かからない距離なんだけど。

    仕分けをしながら、私は心の中で祈る。

    ピリカ、お願い。

    無事でいて。

    1週間後。

    仕分けを終えた救援物資を、被災地への物流ラインにやっと乗せてもらうことができた。

    宛先は被災地のある県の自治体。

    やりとりは電子申請で。

    県が指定する配送拠点がたまたま高山にあったのも幸いした。

    トラックを見送る私に生徒会長が声をかける。

    ”おつかれさま、がんばったね。ありがとう”

    体の力が抜けていく。じわっと瞳が潤む。

    いや、これで終わったわけじゃない。

    私の周り、事態はなにも変わっていない。

    ピリカ、お願い。

    無事でいて。

    私は何気なく、スマホをとりだしオンラインゲームを開いた。

    チャットの通知が1件入っている。

    え?

    『連絡ありがと』

    『いま避難所だけど、なんとか無事だよ』

    『高山も揺れたでしょ。大丈夫だった?』

    まぎれもなく、ピリカだ。

    「なに言ってんの。こっちのことよりも自分でしょ」

    速攻で返信した。

    ほかのフレンドたちからも、いっぱい激励のチャットが入ってる。

    返信もリアタイでかえってきた。

    『落ち着いたらまたゲームしよ』

    「そんなことより体調は?風邪ひいてない」

    『大丈夫。寒いけど』

    「さっき使い捨てのカイロ、大量に物流トラックで運んでもらったから」

    『ありがとう。ようし、ではピリカ、BK!back!』

    フレンドたちから『WB=Welcome back』のチャットがあふれだす。

    「ついでにピリカの好きな葬送のフリーレンも全話送ったからね」

    『生き返るわー』

    「笑」『笑』

    「笑」の文字がチャットボックスを埋め尽くしていった。

  • 飛騨国府に伝わる「宇津江村の大蛇伝説」にインスパイアされ、現代と過去が交錯する幻想的な愛の物語として紡ぎました。記憶を失った女性がたどり着いたのは、千年の時を超えた約束の地。その先に待つ運命とは――?

    本作は、ボイスドラマ化もされており、番組「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお楽しみいただけます。ぜひ、音声ならではの情感あふれる世界も体験していただければ幸いです。(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    <『千年の約束』>

    ■SE/JR国府駅前の雑踏

    私、さっきからなにをしているのだろう?

    ここはどこ?

    飛騨国府駅(ひだこくふえき)?

    どうやってこの無人駅まできたの?

    いまどこへ向かっているの?

    ちょっと待って。

    そもそも・・・私はだれ?

    記憶喪失ってやつかしら?

    駅舎のガラスに映るのは、

    ミルクティーベージュのショートヘアー。

    白いニットのセーター。

    ダークチェックのボトムス。

    バッグは大きめのキャンバストート。

    この人だれ?

    これが私?

    格好は観光客じゃないわね。

    足は自分の意思と関係なく国府の旧道を北へ歩いていく。

    すれ違う人もなく、だれかに尋ねることもできない。

    背後の山から微かに聞こえてくる鐘の音。

    お寺でもあるのかしら。

    まるで私になにか声をかけているように聞こえてくる。

    振り返ることなく、私はすすむ。

    コンビニエンスストアの手前を、私は左へ曲がった。

    まるで道を知っているように。

    ほどなく国道の喧騒が聞こえてくる。

    そうだ。

    私は信号機の前で立ち止まり、バッグの中身を探る。

    免許証はないけど、身分証明書が・・・あった。

    高山市図書館国府分館 学芸員?

    25歳?

    私、図書館で働いているの?

    ああ、だめ、なんにも思い出せない。

    信号が変わり、私はまた歩き出す。

    国道を越え、宮川の橋を渡りはじめて足が止まった。

    四十八滝橋?

    その名前、どこかで・・・

    橋を渡ると歩道の袂は彫像。

    あ・・・記憶にある。

    いや、朧げな記憶は、彫像というより、宝珠を持った龍。

    この彫像がトリガーとなって、もうひとつの思いが頭をよぎる。

    ”会いにいかなきゃ”

    え?誰に?どうして?

    わからない。わからない。わからない。

    それでも、思いに確信があふれてくる。

    反対側の欄干から宮川へ流れ込む宇津江川が見える。

    そのせせらぎを見つめながら静かに目を閉じると・・・

    そうだ。あれは・・・流れる水音。

    ブナの林から差し込む木漏れ日。

    あれは、いつのことだったんだろう?

    ああ、そんなことより・・・

    行かなくちゃ。

    あの人に会いに行かなくちゃ。

    あの人・・・

    だれ?

    わからない。

    とにかく進もう。

    県道を山へ向かって歩く。

    ひたすら一本道の直線道路。

    真っ白に雪化粧した田園。

    美しい日本建築の家。

    こんなに歩いているのに、疲れなど微塵も感じない。

    どのくらい歩いただろう。

    道はだんだん細くなり、いよいよ建物もなくなってくる。

    山の中をひたすら歩いていると、小さな休憩所が見えてきた。

    この先、車はもう入れない。

    彼方から水の音が聞こえてくる。

    ここは・・・宇津江四十八滝?

    滝?

    頭の中のもやが少しずつ晴れてくる・・・

    あれは、そう・・・

    遠い遠い、昔の記憶だった。

    ■SE/水の音(滝のイメージ)

    雪が降り始めても、凍らない瀑布(ばくふ)。

    はじける雫が、私の体をさらに清めていく。

    滝面での行水は冬が到来する前の楽しみのひとつ。

    私は、ここ宇津江川の大蛇(おろち)。

    行水で鱗にまとわりついた穢れ(けがれ)を落としている。

    ふふ。さっきからイチイの樹の影で私を見ている若者。

    驚きのあまり、歯の根も合わぬほど震えておるな。

    まあ、無理もない。

    宇津江川の主(ぬし)の姿を見た者は、7日以内にその命が尽きる。

    今まで例外は一度もないからな。

    私の姿を見られるのもこれが最後じゃ。

    存分にその目に焼き付けるがいい。

    うん?

    なんだ?

    若者は滝を前にして正座した。

    命乞いか?

    少しくらいは聞いてやってもよいぞ。

    なに?

    命乞いではなく、彼は感謝の言葉を奏上して、山をあとにした。

    ■SE/山歩きの音〜引き戸を開ける音

    若者は、茅葺(かやぶき)の小さな小屋へ入っていく。

    私はなぜかこの若者に興味を惹かれ、こっそりあとをつけていた。

    家の中には、粗末な囲炉裏以外なにもない。

    いや、床の上に、これまた粗末な布団が1組。

    若者は布団のところまで、四つんばいになって近づき、

    『おっかあ。宇津江川の水や。体にええからな』

    それで、禁忌の宇津江川から水を・・・

    布団に寝ているのは、母親か。

    ひどい咳だな。労咳だろう。

    『岩魚もとってきたから食べてくれ。もうこれで最後なんやさ』

    自分の命がもう長くないこと、自覚しているのだな。

    ■SE/扉を叩く音

    「あのう・・・もし・・・もし」

    どうしてそんな行動をとったのか、私にもわからない。

    私は道に迷った娘を装い、若者に近づいた。

    彼はなんのためらいもなく、私を受け入れ小屋に招き入れた。

    ゆっくりしていくようにと、宇津江川の水をさしだして。

    私も顔を上げて、彼に伝える。

    「私は多少なりとも薬草の知識を学んでおります。

    よろしければお礼に母上殿を診てさしあげましょう」

    私の煎じる薬は、人間の病などたちどころに祓ってしまう。

    若者の母は日に日に回復していった。

    若者も死に至ることはなく、無事に生きている。

    そのかわり、私の命の灯火は、見る間に小さくしぼんでいった。

    無理もない。

    彼の母のために身を削って薬を調合し、

    本来死にゆく彼をも助けてしまったのだから。

    大蛇として1000年。

    この先、龍神へと昇華するため、山で1000年もの間修行してきた私の命。

    それが尽きることに、悔いなどない。

    ただ、この胸の気持ち・・・

    それだけが満たされぬまま、旅立つことが口惜しい。

    母親の病気がすっかり治り、あたり一面真っ白な雪景色となる頃。

    私は夜中にこっそりと、彼の家を出る。

    削げ落ちた頬。窪んだ眼窩。

    こんな姿も彼には見せたくない。

    小屋を出て扉を閉めようとしたとき、私の手がとまった。

    彼の手が私の手をつかんだのだ。

    『いかないでくれ』

    「え・・・」

    『そばにいてほしい』

    「私にはもう命の灯火がありません」

    『では、私の命をおまえに』

    「それはもうできないのです」

    『それなら・・・』

    月夜の下、彼は滝まで走り出す。

    私も彼のあとを追う。

    彼は、滝の前で立ち止まると、私の方へ振り返った。

    『この世で結ばれぬなら、来世で一緒に』

    そう言い残して、真っ黒な滝面に身を投げた。

    「そんな!」

    私も彼のあとを追う。

    「私の最後の力を振り絞って、呪(しゅ)をかけましょう。

    1000年後の来世で、必ずあなたを見つけ出します!

    この約束をかしこみかしこみもうす!」

    夜だというのに黒雲が湧き上がり、雷鳴が轟き渡る。

    闇夜の嵐は滝面に沈んだ私たちを飲み込んで消えていった・・・

    ■SE/森の音と水の音(小鳥のさえずり)

    やっと思い出した。

    1000年前の記憶。

    今日が・・・その1000年目だったんだ。

    私はゆっくりと、一歩一歩歩みを確かめるように、滝へ近づく。

    夕闇の中、滝面の前に1人の青年が立っている。

    それは、なんと、袈裟をまとった僧侶だった。

    だが、その眼差し、その笑顔は、間違いなくあのときの若者。

    さっき鐘をついて、私に知らせてくれたのは、あなたなのね?

    瞳の虹彩まではっきり見える距離に近づいたとき、彼がつぶやく。

    『待たせたね』

    それはこっちのせりふ。

    1000年分の思いをとりもどして、私たちは抱き合う。

    いつまでも続く、長い長い抱擁。

    滝面に映る夕陽の赤が、まぶしく煌めいていた。

  • 2050年の未来を舞台にしたフィクションですが、決して荒唐無稽な話ではありません。地球温暖化の影響が顕著になり、雪が消えた高山(TAKAYAMA)で、かつての冬を取り戻そうとする人々の姿を描いています。SFでありながら、どこかリアルな未来が感じられるように執筆しました。

    また、この作品はボイスドラマ化 もされており、音声と共に物語の世界を楽しんでいただけます!
    番組「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでお聴きいただけますので、ぜひチェックしてみてください。音で感じる未来の高山、きっと新しい体験になるはずです。

    それでは、2050年のメトロポリスTAKAYAMAへ、一緒に旅をしましょう(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/吹雪の音

    「がんばって!もう少しで頂上よ!」

    「雪で前が見えない!」

    「なに言ってんの!やっとここまでたどり着いたのに!」

    「わかった!がんばってみる!」

    「ほら、晴れ間が見えてきたわ」

    「わあ・・・」

    「どう、これが霧氷よ」

    「すごい・・・キレイだ」

    「霧氷も樹氷も、氷点下の芸術ね」

    「はあ〜」

    ため息が出るほどの美しさ。

    言葉を失うほどの絶景を十分堪能してから、

    私たちはサングラスのトリガースイッチを押した。

    とたんに、目の前の風景は、吹雪から青空に変わり、

    ダウンジャケットを着ていると汗ばんでくる。

    私たちが装着していたウェラブルデバイスは、AR+VR=MR対応のモデル。

    2050年の今では、クラシカルな装備としてマニアに人気のグッズだ。

    サングラスで視覚を、マスクで臭覚、ジャケットで体感温度と風圧を感じることができる。

    「これが現実か・・・」

    「そうよ。雪化粧しない飛騨の冬山」

    ここは、メトロポリスTAKAYAMAの猪臥山(いぶしやま)。

    かつて『卯の花街道』と呼ばれる県道が走り、人気の冬山登山ルートだった。

    今や卯の花は春を待たずに開花する。

    いま、主要な交通機関は車よりエアカー。人を乗せるドローンだ。

    思えば2050年ともなると、TAKAYAMAも変わった。

    かつてJRと呼ばれた鉄道網には線路の下に光回線が張り巡らされている。

    北陸と名古屋を結ぶ高山本線は結局電化されなかったが、

    水素をメインエネルギーにする電道客車が無人で走る。

    駅舎も地下になった。

    かつての高山駅前は広場となり、子どもたちが遊んでいる。

    「この子たちは雪を知らないんだな・・・」

    「うん。スノーレスチャイルド」

    「SLCか。悲しい話だ・・・」

    彼は、メガロポリス『J』=かつて日本と呼ばれた国の、

    環境保全機関JWFで働くアナリスト。

    (※注釈:JWF=Japan Wildlife Fund/造語 by D)

    私はそのJWFの環境アドバイザーだ。

    2050年現在、地球温暖化は危険領域に突入し、夏の気温は47度を超える。

    国同士のくだらない争いに割いている時間など、とうになくなっていた。

    愚にもつかない紛争よりも、人類絶滅を防ぐ課題が最優先だ。

    国という概念は消えて、コスモポリスという枠の中にかつての”国たち”が所属する。

    そのなかにメガロポリス『J』というカテゴリーがあり、

    その中心がメトロポリス。古い言葉で言うと『首都』?

    そんな感じ。

    『J』の首都は、TOKYOではなく、TAKAYAMAだ。

    理由は明確。日本、つまり『J』の中心に位置するから。

    地球温暖化による海面上昇で、どこのメガロポリスも国土が消失しかけている。

    太平洋プレートとフィリピン海プレートに挟まれた『J』は

    隆起していっているのでまだ大丈夫だが。

    メガロポリス『A』のニューヨークなど、あと35年で水没すると予想されている。

    そういえば、私が生まれる前、日本沈没というアニメがあったなあ。

    (※注釈:Netflixアニメ映画『日本沈没2020』監督:湯浅政明)

    説明がだらだらと長くなってしまったが、言いたいことを簡潔に話そう。

    私がJWFから相談されたのは、『TAKAYAMAに雪を降らせる計画』。

    かつて雪国だったTAKAYAMAの住民の半数以上が、雪を知らないのだ。

    なんとか、粉雪を復活させようと私毎週この山に登ってプランニングしている。

    30年前の温暖化対策。

    かつてここが日本と呼ばれたころ、国家機関はいろいろ考えたらしい。

    カーボンニュートラル、プラスチックフリー、RE100・・・

    (※注釈:『RE100 プロジェクト 』=事業運営に必要なエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うことを目標とした指標。Renewable Energy 100%)

    SDGsを唱え、いろんな造語を作ってがんばった結果、意識だけは浸透した。

    だが、結果がついてこなかった。

    結局日本だけでも気温は上昇を続け、スキー場からも雪が消えた。

    環境保護を理解している今の国民たちに対して、

    私には、視覚的にクールダウンを訴えたい、という思いもある。

    そこで私が提案したのは、「クラウド・シーディング」。

    人工的に雪雲を作り、雪を降らせるプロジェクトだ。

    理論は決して難しくはない。

    実験室の中ではすでに成功している。

    だが、暖かい空気の中でピンポイントに雪を降らせても仕方ない。

    メガロポリス『J』全体にクールダウンするための仕掛けを作る。

    具体的に説明していると番組が終わってしまうのでここでは割愛するが。

    「CO2フリー」とか「クールチョイス」とかで検索してみてほしい。

    「クラウド・シーディング」には莫大な予算がかかるので、

    私はメガロポリスが運営するJWFにプレゼンする。

    それでも、きっと予算は足りないだろうから、あとは「クラウドファンディング」か。

    いや、ダジャレではない。

    そんなことを言うと「お前、令和か」って言われるからな。

    とにかく、雪を見たことのない子どもたち”SLC”に雪を感じてほしい。

    あ、SLCというのは、Snowless Childrenの略ね。

    ということで、計画の名前は、”クラウド・シーデイング〜天気の子どもたち”。

    これは私が命名した。昔、ヒットしたアニメ映画をリスペクトして決めたのだ。

    ある日、彼からビジネスLINEが入った。

    え?2050年にもLINEはあるのかって?

    もちろんあるよ。

    ただ、昔と違ってスマホなんていう邪魔なデバイスはないけどね。

    今は、肩に埋め込んだチップか、スマートウォッチか、スマートグラスが端末の代わりだ。

    えっと・・・

    お、プレゼンが通ったって?

    『J』本体から予算がおりたんだ。

    ようし、何年かかるかわからないけど、子どもたちに粉雪をプレゼントしよう!

    ■SE/粉雪の音

    結局、計画が完遂するまでに30年かかった。

    2080年。メトロポリスのニューヨークはほとんど水没してしまったが、

    ここTAKAYAMAには、冬になるとわずかだが、粉雪が舞う。

    白い息を吐いて、子どもたちがはしゃぎまわる。

    その横で、震えながら手袋を擦り合わせるお父さん。

    地球温暖化は世界全体。コスモポリス単位で考える課題だ。

    『J』のTAKAYAMAだけがクールダウンできればいいという話ではない。

    でも、”クラウド・シーデイング〜天気の子どもたち”は、確実に街を変えた。

    きっと、このTAKAYAMAから世界へ、コスモポリスへ向けて、

    メッセージは届くだろう。

    お父さんの手をひいた子どもがこちらへ振り返る。

    「ママ〜!ママも一緒に雪遊びしようよ」

    「いいわよ、雪合戦しようか」

    「雪合戦?なにそれ?」

    「いいからいいから、そらっ」

    「わ、冷たい!パパ、ママをやっつけて」

    アンチエイジングが飛躍的に進んだおかげで、私の肌年齢は30年前と変わらない。

    当たり前となった高齢出産ケアは、当たり前のようにこの年で子どもが授かる。

    ■SE/雪玉が顔に当たる音「バシャ」

    「つめたーい!やったな。この〜」

    「わーママこわーい」

    時代は変わっても親子の絆は変わらない。

    粉雪の中で遊ぶ家族の形も、100年前から変わっていないだろう。

    雪国TAKAYAMA。持続させなければいけないのは、このスピリッツだ。

  • (CV:桑木栄美里)

    「ご乗車ありがとうございました。まもなく高山、高山です」

    テンションあがるなあ。

    3年ぶりの高山は。

    っていうか、3年ぶりの帰省か・・・

    ママの顔見るのも大学の卒業式以来。

    昨日いきなり帰るって電話したときは、なんか、急に ママ黙っちゃったけど。

    ウルっとしたのかなあ、それとも私が帰るとまずいことでも・・・

    いやいやいや、それはない。

    にしても、HC85系の特急ひだは静かだなあ、揺れないし。

    3年離れているうちに、世の中って変わるもんだわ。

    あ、私の名前はエミリ。職業は国家公務員。

    ママはフツーの国家公務員だと思っている。

    でも、私が所属するのは、内閣サイバーセキュリティセンター=NISC。

    以前ニュースにもなったからみんな知ってるでしょ。知らない?

    で、私の仕事はホワイトハッカー。

    国家機密や企業のコンピュータに不正侵入するブラックハッカーと日夜戦っている。

    みんな知らないけど、そもそもハッカーという言葉には悪意なんてないんだよ。

    本来の意味はコンピューターやインターネットについて高度な知識と技術を持っている人。

    悪いハッカーはクラッカー=ブラックハッカーと呼ばれるんだ。

    エミリったら、3年ぶりに電話くれたと思ったら、明日帰る、ですって。

    まったく。

    まあ、今年もあと3日だからいいんだけど。

    それにしてもまた、タイミングの悪いときに・・・

    私への脅迫メールが届いたのはクリスマスイブ。

    送信元は、外国人のテロリスト集団。

    結婚前に戸籍も変えて、高山でひっそりと暮らしていたのに

    どうして気づかれたのかしら?

    おっと、自己紹介が遅れたわね。

    私はエミリの母です。

    年齢?・・・ちょっと、それ失礼でしょ。ノーコメント。

    職業は社会福祉士。高山の社会福祉協議会で働いています。

    私、結婚前に中東で仕事していたことがあって・・・

    まあ、はっきり言うと傭兵なんだけど。

    いろんな国の兵士として、いろんな国の戦場で戦ったわ。

    たぶんみなさんよく知っている、あの国や、この国へも。

    女性の傭兵としては、かなり危ない橋も渡ってきたと思う。

    成果はいっぱいあげたけど名前は知られたくないから、

    ”イリメ”というコードネームで戦ってきた。

    だけど、お腹に子どもができてから、完璧に足を洗った。

    東京を脱出してひっそりと高山で居(きょ)を構えた。

    私に子どもが産まれたことは、私を雇った国や組織も知らないはず。

    私が高山に住んでいることも。

    もちろん周りの人間はだれも、私の裏の顔を知らない。

    なのに、どうして今さら?

    いや、いまの世界情勢を考えるとわからないでもないか。

    彼らの目的は明確だ。

    テロというのは当事者よりも、傭兵のような外部に実行させた方がよい。

    あとからなんとでも言えるからな。

    メールには、「仕事のオファーだ。断る選択肢はない」と書かれていた。

    外資系企業のドメインだったけど、そんなの私にわからないはずがないでしょ。

    知る人ぞ知るテロリスト集団のダミー会社だ。

    私1人ならなんとでも対処できたけど、

    まさかこのタイミングでエミリが帰省するなんて。

    「ちょっとママ、どうしたの?

    タクシーなんてもったいない。

    私、久しぶりだから高山の街、歩きたかったのに」

    ママは私の質問に答えずに、運転手さんと何やら話している。

    ”最近きつねを見かけたか”とか”古い町並に迷路ができた”とか。

    うーん。なんか引っかかる。

    いつもならすぐにパソコン開いてハッキングのチェックとかするんだけど。

    実は私、急に帰ってきたのは、ちょっとだけ仕事に疲れちゃったんだよねー。

    毎日暗号やらウィルスやらとにらめっこで、ストレス満載なんだもん。

    高山帰ったときくらい、ゆっくりぼ〜っとしたいわ。

    タクシーが家に着いたとき、母は運転手になにかを渡していた。

    ”チップ”だと言ってたけど、紙のチップってなによ。

    玄関の真ん前に横付けしたタクシーから玄関へ。

    母の死角になって、町並もなんも見えなかったじゃん。

    私が家に入ると、母はタクシーに忘れ物をしたと行って外へ。

    おいおいおい。あわただしいなあ。

    ■SE/タクシーのドアを閉める音

    駅前からタクシーに乗る。

    エミリはもったいない、と言ったけど、これが最善。

    観光客でごったがえす町なかを歩くわけにはいかない。

    標的になりにいくようなもんだわ。

    いつRed dotにとらえられるかわからない。

    しかも、このタクシー、何を隠そう、防弾ガラス製なのだ。

    運転手は、私の元同僚。

    彼も過去を隠して、高山の乗合自動車で働いている。

    エミリには気づかれないように、やりとりは暗号で。

    ”最近きつねを見かけたか”というのは、怪しい人物の情報。

    ”古い町並の迷路”は、有事の際の脱出ルート。

    さすが、ベテランの彼はすべてを把握していた。

    今回使用する暗号解読の乱数表を彼に渡して車を降りる。

    そのとき、私の耳は小さな銃声をとらえた。

    私はエミリを玄関に上がらせ、外へ出る。

    彼は車を発進させずに待っていた。

    「サイレンサーだな。威嚇か」

    そう、間違いなく宣戦布告だ。

    しかも、サイレンサーの音を聞き分ける我々だけに向けて。

    「私は家に戻る。そっちも油断するな」

    「ママ、ちょっとこれ見て」

    「なあに、お行儀悪い。立ったままパソコン開いて」

    「そんなことより見てってば」

    「どうしたの?」

    「うちのメールって、このプロバイダのドメインでしょ」

    「そうよ」

    「なんか、海外から同じ内容のスパムが大量に送られてきてる」

    「どんな内容?」

    「これ、中東の文字かな。よくわからないけど、宛先は”イリメ”って書いてある」

    「みせて」

    本当は意味もわかる。クラッカーは中東の人間も多いから。

    アラビア語もヘブライ語もクルド語も

    NISCでつくった解読アプリで一発だ。

    裏の意味までわかるはず。

    ”警告はした。大切なものを失いたくなかったらオファーを受けろ”

    ふうん、よくわかんないけど、単純なサイバー攻撃だわ。

    ようし、IPアドレスからハッキングしてつきとめるか。

    返り討ちにしてやるわ。

    「エミリ、今日はダイニングで寝なさい。

    あんたの部屋ちょっと倉庫みたいになっちゃってるから」

    自宅まで知られた以上、どこからスナイパーが狙ってくるかわからない。

    この家では窓がないのはダイニングだけ。唯一のセーフティゾーンだ。

    それにしても迂闊だった。

    娘の名前から、私のコードネームまで辿りつくとは。

    そう、『エミリ』というのは、私のコードネーム『イリメ』を逆から読んだ名前。

    それでも、この娘は絶対に守り抜かないと。

    「ママちょっとお買い物に出てくるわ。今晩なに食べたい?」

    「飛騨牛!ひっさしぶりの高山だもん!」

    よし、母が外出したら、作業開始よ。

    複雑に経由しているアクセスポイント。

    これは、中東を拠点にした国際ハッカー集団のルートと同じだわ。

    NISCにも報告しておかないと。

    彼らはテロリストにもつながっているって上司が言ってた。

    まさか、帰省した高山で奴らを迎えうつとはね。

    まずは彼らが使っているアプリケーションのセキュリティホールを見つけてと。

    ふふん。

    こんなレベルのサイバー攻撃で私のフィールドを荒らすとは。

    なめんじゃないよ!

    よし、IPアドレスまでたどり着いた!

    お、こいつら、インターポールから国際手配された連中だ。

    まずは彼らのウィルスを無効化するアンチウィルスを送ってやるわ。

    おっと、慌ててアクセスポイントを変えても無駄よ。

    ロックしたから逃げられないって。

    よし、あとはNISCが一網打尽にしてくれるわね。

    完了。ここまで5分。

    私ってすごいでしょう。

    あれ?私、仕事に疲れて弾丸帰省したはずだったのに。

    思いっきり仕事してるじゃん。

    まいっか。悪者をやっつけたんだし。

    ママには内緒にしておこうっと。

    ■SE/飛び交う銃声(サイレンサー)

    「あとひとり」

    敵の数は25人。彼が掴んだ情報通りだった。

    彼と2人で24人の敵を倒す。

    しかも観光客や街の人に気づかれずに。

    そんな芸当ができるのは、たぶん我々しかいないだろう。

    戦場で学んだ、ランチェスター戦略を駆使して戦局を有利に進めていく。

    詳しくはあえて説明しないが、戦力の劣る「弱者」が「強者」に打ち勝つための戦略。

    そう、私の好きな言葉。『戦術より戦略』だ。

    彼がおとりになって、宮川の欄干にもたれ、こちらを向く。

    スナイパーのRed dotが彼の左胸をとらえた瞬間、私は車の中から引き金をひく。

    4階建ての廃ビルでウィンチェスターを構えるスナイパーが倒れた。

    終わった・・・

    だが、ここも知られてしまった。

    私に接触してきた武装集団を本国で一網打尽にしない限り、もう高山も安全ではない。

    これから、どうする?

    あまり明るくない未来を想像しながら、私は自宅のドアをあけた。

    「おかえりなさい。遅かったじゃん」

    「ごめん、ごめん。昔の友だちにばったり会っちゃって」

    「ふうん。お腹へっちゃったぁ」

    「わかったわかった。いまから飛騨牛焼いたげるから」

    「やったぁ!」

    「あれ?」

    「どうしたの?そんなにスマホ見て。ニュース?」

    「中東の武装集団をインターポールが壊滅させたって・・・」

    「ああ、あれね。っていうか、そんなマイナーな記事」

    「そうね。どうでもいいや。さ、食べよ食べよ」

    「ねえ、ママ」

    「なあに?」

    「やっぱ、高山っていいな」

    「なによ、急に」

    「私、このまま高山にいようかな」

    「え?」

    「どうせ、私の仕事はパソコンあればどこでもできるから」

    「そうねえ、近くに置いておいた方が安心だしね」

    「え?」

    「ううん、なんでもない。あなたを愛してるってこと」

    「私もよ、ママ」

    「来年もいい年にしましょ」

    「うん、お互いにね」

  • 雪降る高山の街を舞台に、主人公がふとしたきっかけで過去のクリスマスの記憶を辿る心温まる物語です。誰しもが持っている、大切な人との思い出。そのひとつひとつが、今の私たちを形作っているのかもしれません。

    実は、この物語は ボイスドラマ化 されています!
    番組 「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで視聴できますので、ぜひ耳でも楽しんでみてください。

    活字で読むのと、音で感じるのとでは、また違った魅力があると思います。
    この物語が、皆さんのクリスマスにほんの少しの魔法をかけられますように。

    それでは、『ハローミスターサンタクロース』の世界へどうぞ――(CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/街角の雑踏

    クリスマスを目前に控えたこの時期。

    街も人もざわついている。

    行き交う人はなぜか急ぎ足になり、私の心まで急かされているみたい。

    急いで家に帰っても誰かが待っていてくれるわけじゃないのに。

    私は、自分で言うのもなんだけど、まあまあ売れてるWebアニメの脚本家。

    高山に住んで、もうすぐ1年。

    その前は東京に6年。

    さらにその前の18年は・・・

    生まれてから高校卒業まで、南の町で両親や兄弟と暮らしていた。

    そういえば私、

    暖かい町に住んでいたから寒いのは苦手だけど、

    いちばん好きな季節はずうっと冬だった。

    それも雪とクリスマスが大好き。

    高山へきた理由も、雪がいっぱいの冬に憧れていたから。

    クリスマスが近いからかしら、食料品のスーパーやお肉屋さんもすごい人。

    ■SE/人混みの雑踏(古い町並)

    あれ・・・

    あの娘・・・

    あの赤いセーターの少女、どこかで見たことあるかも・・・

    お肉屋さんの前できょろきょろとなにを探しているのかしら?

    ああ・・・、わかった。チキンね!

    懐かしいなあ・・・

    私も子どもの頃、クリスマスが近づくとパパとチキンを買いに出かけたっけ。

    うちでは毎年、チキンをまるごと買ってパパがローストする。

    キッチンからチキンの香ばしい香りが漂ってくると、ああクリスマスがきた!

    って思えるんだ。

    できあがったローストチキンを家族に切り分けるのもパパ。

    いつも私のチキンが一番大きかったな・・・

    やがて赤いセーターの少女が、お店から嬉しそうに出てきた。

    背が高いお父さん?の手を懸命につかんでる。

    そうか、あの娘もお父さんと一緒なのね。

    パパも背が高かったから、ちっちゃな私は必死でしがみついてたな。ふふ。

    赤いセーターの少女とお父さんの後ろを、私は歩く。

    だって、方向が私のアパートと同じだったから。

    2人が入っていったおうちは、瀟洒な一軒家。

    そこはまるで魔法の国のように、ライトアップされている。

    ゲストを迎えるスノーマンのイルミネーション。

    ドアにかけられた華やかなクリスマスリース。

    庭にそびえる大きな木々もみなまばゆい光でドレスアップされていた。

    うちも同じだったなあ。

    外壁を走っていくトナカイのそり。

    何頭ものトナカイたちが足を動かしていた。

    ハシゴを登って、煙突に片足を入れているサンタさん。

    壁に絡まるツタも星座の形になって灯りを灯し、、

    パパのこだわりで私の魚座が真ん中で煌めいていた・・・。

    なんだかここ、他人の家とは思えなくて、つい庭へ足を踏み入れてしまう。

    ■SE/ハイヒールの足音〜光のイメージの効果音

    わあ。

    あれってシャワーライトって言うのかしら。

    大きなもみの木の上から、流れ星のように光の粒が降っている。

    芝生の上には、花火のような光の玉がいくつも北風に揺れていた。

    知らず知らず、庭の奥の方まで足が進んでいく・・・

    あれ?

    このシーンって、うちと同じだ。

    私は家の中から見てたんだけど。

    うちのライトアップは近所でも有名だったから、

    12月になると見知らぬカップルたちがイルミネーションの下(もと)に集まってきた。

    パパもママも庭に入ってくる男女をとがめることなく、微笑ましく眺めていたっけ。

    そんな時代もあったなあ・・・

    ここの家の庭からもリビングが見える。

    リビングから漏れているのは・・・暖炉の灯りかな。

    暖炉の前には屋内用のクリスマスツリーが小さな光を放っている。

    あれ・・・

    誰かが、窓の外、こちらがわに立って家の中を覗き込んでいる。

    赤い服に白いあごひげ。

    ああ、サンタさん・・・の格好をしたさっきのお父さんね。

    いやだもう、これって・・・デジャブ?

    ■SE/鈴の音

    22年前のクリスマスイブ。

    3歳の私は兄と一緒にサンタさんを待っていた。

    2人でがんばって眠らないようにしてたんだ。

    柱の影に私たちがいることも知らず

    リビングの扉が静かに開き、赤い服を着たサンタさんが入ってくる。

    ”きた”

    ”しっ”

    私たちがそこにいることも知らずに、

    サンタさんはツリーの根もとにプレゼントを置いた。

    私は思わず一歩前へ出る。

    フローリング越しに伝わる物音にサンタさんが振り向く。

    その瞬間白いひげが床に落ちた。

    ”パパ?”

    一瞬、驚いた表情をしたあと、

    サンタの姿をした父が私たちの元へ歩いてくる。

    兄も驚きを隠せず言葉が出ない。

    サンタさんの父は、いつもの穏やかな表情で私たちに声をかける。

    『パパじゃないよ』

    「え?」

    『パパの姿をしているけど、私はサンタクロース。

    イブの日とクリスマスは世界中の子どもたちのために大忙しなんだ。

    だから、みんなのパパやママの体を借りて、プレゼントを届けにきているんだよ』

    サンタさんは、窓をあけると私たちの方へ振り返り、

    『見つかっちゃったから、このまま窓から失礼するよ。

    いい子の君たちに、もうひとつプレゼントを渡してからね』

    と言って出ていった。

    「もうひとつ?」

    窓の外には、鈴の音と笑い声が遠ざかっていく。

    私たちはサンタさんを追いかけて窓の方へ走った。

    開け放たれた窓から顔を出すと、イルミネーションに白い息が照らされた。

    空を見上げると、小さな白いものが降ってくる。

    手のひらで溶けていくその結晶は、

    「雪だ・・・」

    それは、雪に憧れていた3歳の私への、最高のプレゼントだった・・・

    あ、いけない。

    いくら何も言われないからって、ひとさまの庭にいつまでも不法侵入してちゃ。

    あわてて踵を返したとき、頬に何かが触れた。

    「つめたい」

    雪?

    22年前と同じだ。

    私は降り始めた雪の中、家路を急ぐ。

    楽しそうな親子を見てたからか、

    家族で過ごしたクリスマスが頭の中に蘇ってくる。

    みんなでおしゃべりしながら食べるのは、パパが取り分けたローストチキン。

    私はソースを口の端につけて笑ってた。

    それから、野菜がいっぱい入ったクリームシチュー。

    チキン、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ブロッコリー。

    シチューのクリームにとろっと溶けて美味しかったなあ。

    料理のあとは、クリスマスケーキ。

    ケーキはいつも私のリクエストで、大好きなチョコレートケーキだった。

    1つ上のお兄ちゃんはショートケーキが一番好きだったのに

    私が「チョコがいい」って言うもんだから、必ずチョコレートケーキ。

    でも、お兄ちゃんも

    ”お前が好きなケーキを僕も食べたい”

    って笑って、美味しそうにチョコレートケーキを食べてた。

    ケーキをカットして家族の分を取り分けるときは、

    いつも私のお皿にサンタさんとプレートのチョコがのっている。

    こんな、幸せな、きらきらした時間があるから、

    いくつになっても私はクリスマスが好き。冬が好き。雪が好き。

    白い冬の高山に住んだのも同じイメージがあったからだ。

    私はあの頃のあったか〜いクリスマスを昨日のことのように思い出していた。

    そうか・・・

    この冬、実家に帰ろうか迷っていたけど・・・

    決めた。

    いますぐパパに会いたい。

    そういえば、さっきの親子って・・・

    いつも通っているあの場所にあんなおうちあったっけ?

    イルミネーションもおうちの形もなんだか22年前のうちとそっくりじゃなかった?

    あの娘とお父さんもほとんど後ろ姿しか見ていないけど、

    やっぱりあれは・・・3歳の私とパパだ。

    クリスマスの奇跡・・・

    22年前の夜のことだって、今でも信じてる。

    父の姿をしたサンタ。

    サンタからのプレゼント、雪。

    誰もが幸せになるのがクリスマスだから。

    どんな奇跡がおこったって、それがクリスマス。

    ■SE/鈴の音

    メリークリスマス。

    みなさんにも、素敵なクリスマスが訪れますように。

  • JR東海の伝説的なTVCM「クリスマスエクスプレス」にオマージュを捧げた恋愛ストーリーです。1980〜90年代、あのCMに心をときめかせた方も多いのではないでしょうか? 遠距離恋愛の切なさと奇跡のような再会を描いたあの世界観を、現代の高山駅に舞台を移し、新たな物語として紡ぎました。

    また、本作は ボイスドラマ化 もされており、よりリアルな感情や臨場感をお楽しみいただけます。番組「Hit’s Me Up!」の公式サイト をはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで視聴可能です。文章と音声、どちらからでもこの物語の世界に浸っていただけたら嬉しいです。

    クリスマスの高山駅、特急ひだ、遠距離恋愛のもどかしさと温もり——そんな冬の物語を、どうぞお楽しみください。

    (CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE/高山駅東口エスカレーター周辺の雑踏

    クリスマスイヴ。

    改札から吐き出された乗客たちが、急ぎ足でエスカレーターを降りてくる。

    高山駅東口。18時45分。

    特急ひだが到着したんだ。

    彼は・・・

    いるわけない・・・か。

    これに乗るには、名古屋を16時3分に乗らないといけないし。

    人の波が私の横を忙しく通り過ぎる。

    それをぼんやりと見つめながら私はあの日を思い出していた。

    2年前のクリスマス。同じこの東口。

    黒いチェスターコートを来た男性が慌ててエスカレーターを降りてくる。

    あ〜あ。

    エスカレーターを歩くのはマナー違反なのに。

    と思ったら、私の目の前で、大きくバランスを崩す。

    『あっ』

    と思う間もなく、書類の束が花火のように散らばった。

    私は咄嗟にかがんで書類を拾い集める。

    『す、すみません』

    「いいのよ。どうせ、このあと予定入ってないし」

    すごく急いでいたようだから、ちょっとした人助け?かな

    私が書類の束を揃えて渡すと、彼は、

    『で、電話番号』

    「え?」

    『電話番号教えてください』

    「え〜!」

    『いま急いでいるので、あとから連絡します』

    「そんな、別に大丈夫ですから」

    『いえ、教えてください!』

    結局、彼の勢いに押されて、教えてしまった。

    私、普段は簡単に電話番号なんて教えないのに。

    これが、私と彼の第一章。プロローグね。

    彼は高山市内に住む建築デザイナー。

    大手建設会社の高山支社に勤務している。

    名古屋や東京のクライアントが多いため、

    しょっちゅう特急ひだを利用しているという。

    私はというと、生まれも育ちも高山の、グラフィックデザイナー。

    デザイン、という部分では彼と共通する話題も多いけど。

    日を追って、私たちの距離は近くなり、

    2人の休みを合わせて、いろんなところへドライブに出かけた。

    冬の奥飛騨、春の荘川桜(しょうかわざくら)、

    夏の乗鞍(のりくら)、秋のせせらぎ街道・・・

    お互いを知っていくときが一番幸せな時間。それは間違いない。

    ■SE/高山駅待合室の雑踏

    次の特急まで2時間もあるし、駅前のカフェでお茶でもしようかな・・・

    と思っていたのに、気がつくと2階の待合室からずっと改札を眺めていた。

    そうか。あれからもう1年になるんだ・・・

    1年前。私はこの改札から彼を見送った。

    彼が、名古屋の支社へ転勤になったから。

    『名古屋-高山なんていつでも帰って来られるよ』

    うそばっかり。

    実際は、最初だけだったじゃない。

    第二章の始まりは、2人で過ごす初めてのクリスマスだった。

    名古屋発18時12分。

    彼は仕事を早めに終えて特急ひだへかけこむ。

    高山着20時51分。

    高山駅の改札から多くの乗客たちが街へ吐き出されてくる。

    その中に彼の姿を見つけたとき、私の顔は一瞬でほころぶ。

    私が用意した手袋を、彼は満面の笑みで受け取った。

    そのまま白い息を吐きながら、背中を丸めて駅前のお店に入る。

    香ばしい醤油スープのラーメンをフウフウ言いながら2人で食べた。

    寒い高山で過ごす、あったかい時間。

    こういうのを”幸せ”って言うんだな。

    3日後の月曜。朝6時46分発の特急で彼は名古屋へ帰っていった。

    次の週は私が名古屋へ行き、彼が私を待ち受ける。

    この幸福な時間がつづいたのは、最初のひと月だけ。

    彼はウィークデーにやりきれなかった仕事で土日を犠牲にするようになった。

    私のデザインの仕事も週末までずれこんでいく。

    結局、第二章は、思ったより少ないページ数で終わってしまった。

    ■SE/高山駅改札の雑踏

    あのとき、私たちが待ち合わせたのと同じ時刻に特急が到着した。

    私は、咄嗟に待合室の中に隠れる。

    でも、乗客の中に、あの頃のような笑顔の彼を見つけることはできなかった。

    もう・・・最終しかないじゃない。

    ひょっとして、帰ってこないつもり?

    クリスマスイヴなのに。

    まさか、あの喧嘩をずうっとひきづっているの?

    そう、第三章の私たちは、小さな諍(いさか)いからはじまった。

    『イヴなんて忙しいから無理だよ』

    クリスマスを2週間後にひかえた週末。

    不用意な彼の言葉が、私の胸に突き刺さった。

    「最初から無理だなんて言わないで」

    久しぶりに逢った週末だというのに、私は夕食もとらずに高山へ帰った。

    どうせ、忙しくてディナーの予約だってしてないんでしょ。もう知らない!

    でも、まさか、それがイブまでの長期戦になるとは思わなかった・・・

    私は不安にさいなまれながら、ホームへの階段を降りていく。

    第三章は最終章ってこと?

    最悪の事態を考えながら乗客のいなくなったホームへ。

    遠くから特急ひだの灯りが近づいてくる。

    え?もうそんな時間?

    いやだ、もうあとがないってこと?

    どうしよう・・・

    もしも彼があの車両から降りてこなかったら・・・

    私の思いなど無関係に特急列車がホームへ滑り込んでくる。

    私はエレベータの影に隠れて特急を待つ。

    たくさんの人の群れがホームから改札へと階段を登って消えていく。

    最後の1人を見送ってから、私はホームを見渡す。

    ふうっ。

    エンドマークね。

    踵を返し、改札へ戻ろうと夜空を見上げたとき、何かが頬に触れた。

    雪・・・

    ■BGM『クリスマスイヴ/山下達郎』

    ホワイトクリスマスってことね。

    いまさら・・・

    そのとき、柱の影でなにかが光った。

    ハート形の煌めきが柱の横に揺れている。

    ゆっくり近づいていくと、

    ハートのネックレスを手にした彼が、ゆっくりと半身を現した。

    『メリークリスマス』

    「ばか」

    「ばか ばか ばか ばか ばか・・・ばか・・・ばか」

    『ごめんね』

    「絶対に許さないから」

    私には、どんな高価なネックレスより、ここにいるあなたが最高のプレゼント。

  • 皆さん、メリークリスマス!……と言いたいところですが、物語の主人公エミリにとっては、どうやらクリスマスは憂鬱な季節のようです。

    『サイレントナイト』は、そんな彼女がふとしたきっかけで体験する、幻想的なクリスマスの物語。舞台は、岐阜県高山市から、北欧・フィンランドへと飛びます。クリスマスに奇跡は起こるのか? それともこれは、ただの夢なのか?

    この作品は、ボイスドラマとしても制作されており、「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで配信中です。音声ならではの臨場感や、心温まるサウンドデザインも楽しんでいただければ幸いです。

    それでは、静寂の夜に響く鈴の音とともに、物語の扉を開いてみましょう。

    (CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ふう〜っ。(長いため息)

    なにがハッピークリスマスよ。

    クリスマスなんて大キライ。

    街角は、ジングルベルの洪水でうるさいったらないし。

    古い町並までクリスマスソング!?

    雑貨屋さんのさるぼぼまでサンタさんの服着ちゃって!ふん!

    カップルたちは、これみよがしに幸せを見せつける。

    ぼっちの私とすれ違うときの、女子の勝ち誇った視線。

    はいはい、どうせ私はクリスマスだというのに、ひとりぼっちですよ。

    アパートへ帰ってもただ1人。

    チャットで話せる友だちも、この時期は彼氏とクリスマス三昧。

    私と話す余裕なんて、1ミリもない。

    ■SE/古い町並・靴音

    酒屋さんで売れ残っていたシャンパンを買い、家路を急ぐ。

    どこかでもらった、だっさいマイバッグをぶらさげて。

    私の名前はエミリ(יִרְמְיָה‎ yirm'yá)。

    旧約聖書に出てくる預言者の名前をもじったんだって。

    予言なんて今まで25年間の人生で一度もしたことないけど。

    学生時代、テストのヤマさえあたったことないんだから。

    部屋に帰ったらとりあえずシャワーを浴びて、小さなテーブルの前に体育座り。

    丸いテーブルの真ん中には、シャンパンがどーんと鎮座している。

    なんか、見たことのないラベルだなあ。どこの国のシャンパンだろう・・・

    英語じゃないみたいだけど、joulun ihme(ヨウルン-イヒメ)?

    ・・・ってわかんないな。

    変わったブランド。

    ま、どうでもいいや、飲も飲も。

    シールを剥がして口金(くちがね)をとって・・・

    ■SE/コルクが飛ぶ音「ポン!」

    わ、びっくりした!

    口金とっただけでコルクが飛んじゃった。

    やっぱ、売れ残ってただけあって古かったのかなあ。

    ■SE/シャンパンを注ぐ音「トクトクトク・・・」

    あ〜、芳醇な香り。

    (一口飲んで)

    ああ、美味しい。

    誰が言ったんだっけ?クリスマスには奇跡がおこる?

    ふん、そんなのあるわけないじゃん。

    この町のクリスマスが奇跡にあふれたら私、すぐ北欧に引っ越すわ・・・

    ん?あれ?

    ちょっとさっきからなんにも音がしなくなってない?

    このアパート、通りに面してるから、窓の外、いつも結構うるさいんだけど。

    ってか、窓の外、ぼんやり明るい?

    車のヘッドライトの反射じゃない。だって光が動いてないもん。

    あ・・・なんか聴こえる・・・

    ■SE〜鈴の音(ゆっくりスニークイン)

    鈴の音?

    ■SE〜窓を開ける音(ガラガラガラ)

    え・・・

    窓の外なに・・・空に光の・・・カーテン・・・?

    緑の光・・・

    これってまさか、オーロラ?

    ■SE〜扉を閉める音〜階段を駆け降りる音(タンタンタン)

    部屋を飛び出し、急いで外階段を駆け降りる。

    はぁはぁはぁ・・・

    景色が、一変していた。

    ここ、どこ?

    ・・・高山じゃない。

    こんなに雪積もってなかったし。

    こんなに寒くなかったし・・・ハクション!

    う〜めちゃくちゃ寒い。高山より10度は低いぞ。

    空は夜も明けてるし・・・いや、違う違う。

    これは・・・白夜?

    初めて見るけど。

    いったいどういうことなの?シャンパンの飲み過ぎ?

    まだ1杯しか飲んでないじゃん。

    はっ。

    そうだ、鈴の音。

    ■SE〜鈴の音(小さな音で)

    (耳をすまして)

    向こうだ。

    ■SE〜雪の中を歩く音

    暖かい山吹色の灯りと三角屋根。

    もみの木の森。

    白夜とオーロラ。

    海外へ行ったことのない私でもわかる。

    ・・・ここは北欧の街だ。

    なんで、北欧までテレポーテーションしちゃったかしらないけど。

    引っ越す、なんて悪い冗談言っちゃったからかなあ。

    鈴の音がだんだん大きくなる。

    というか、私が鈴の音に近づいていく。

    とつぜん、鈴の音が止んだ。

    よく見ると、目の前は雪に埋もれた小さな家。

    家の前に誰かが立っている。

    こぶりな私より、一回り大きくて恰幅のいい・・・

    赤いコートに白いひげ・・・

    え、うそ・・・そんな・・・

    『エミリ、よくきたね』

    なに、これ?

    まぼろし?

    『まぼろしじゃないよ』

    『わたしはJOULUPUKKI(ヨウルプッキ)』

    『英語名はサンタクロース』

    サンタさん・・・え、なに?なに言ってんの、私・・・

    『お手紙、ありがとう』

    え?手紙?

    『ちゃんと、届いたよ』

    手紙って・・・

    あ・・・もしかして・・・あのときの・・・

    私が5歳のとき、サンタさんに宛てた手紙。

    ・・・思い出した。

    ”サンタさんへ。

    大好きなパパとママがもっともっと幸せになりますように。

    ずっと笑っていてくれますように”

    『いつもパパやママのお手伝いをして、がんばったね』

    うん。

    でも私、5年前家出同然に飛び出してきちゃったもん。

    それも1,600km以上離れた高山まで。

    『大丈夫。パパもママも心はいつだってエミリに寄り添っているよ』

    そんな・・・

    そんなこと言われても・・・

    わからない・・・

    『エミリはどうなのかな』

    私?

    私は・・・

    会いたい・・・

    パパ、ママ・・・

    『それなら大丈夫だ』

    やだ・・・なんか涙出てきちゃったじゃない。

    『エミリはとってもいい子だったから、ご褒美をあげよう』

    『それが、私からのクリスマスプレゼントだよ』

    『さ、もうおうちに戻りなさい』

    帰る?どうやって・・・?

    帰り道だってわかんないのに。

    『トナカイはそのためにいる』

    ■SE〜鈴の音〜ソリの音〜吹雪の音

    気がつくと私は、アパートの前に立っていた。

    白夜もオーロラもなく、静かに粉雪が舞う。

    あったかい・・・

    高山ってこんなにあったかかったんだ。

    おとぎ話のようなひととき。

    たった数分間の出来事だったけど、私は決心した。

    5年ぶりだけど、実家に帰ろう。

    家出したときのこと怒られたっていい。

    パパとママに会いたい。

    思いを固めて、私の部屋を見上げると・・・

    あ、そっか・・・電気つけたままだった・・・

    さっき降りた外階段を今度は上がる。

    ■SE〜扉を開く音

    しまった・・・鍵もかけずに出ちゃってたか・・・あれ?

    ドアがゆっくりと開き、右から左へ風景がスライドする。

    少しずつ現れる景色のなかで、丸テーブルに座っているのは・・・パパとママ。

    2人同時に私を見つけて微笑んだ。

    私も、瞳を潤ませながら微笑み返す。

    ああ、今夜はもうなにもいらない。

    クリスマスの奇跡をもう少しだけ、味わっていたい。

    パパ、ママ、メリー・クリスマス。

  • 『ハリケーン・エミリー』は、ひとりの少女が嵐のように力強く生きる姿を描いた物語です。波と風を乗りこなすエミリーが、海から雪へと舞台を変えながらも、自分らしく挑戦し続ける姿を楽しんでいただければと思います。

    また、本作はボイスドラマ化もされており、音声でもお楽しみいただけます!「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで配信中です。エミリーの情熱や、彼女を取り巻く人々の思いを、音の世界でも感じていただけたら幸いです。

    それでは、『ハリケーン・エミリー』の世界へ飛び込んでください!

    (CV:桑木栄美里)

    【ストーリー】

    ■SE〜荒れ狂うハリケーンの音

    「がんばれ!もう少しだ」(父)

    「ハリケーン・エミリーに負けるな!」

    「ようし!いいぞ!」

    ハリケーン・エミリー。

    それは2005年7月、カリブ海で生まれた超強力な暴風雨。

    メキシコ湾を北上し、アメリカ・テキサス州南部へ上陸した。

    私たち家族が住んでいたのは、マックスウェル国立野生生物保護区の近く。

    環境保全団体WWFで働く父が5年前に購入したコテージだ。

    家は荒れ狂うエミリーに直撃され、屋根が吹っ飛んだ。

    唸り声を上げて進むエミリーから隠れるように、

    父は身重(みおも)の母を地下室へ避難させ、おも湯を準備する。

    7月14日、アメリカ独立記念日。

    非常用の小さな電灯のした、

    まるでハリケーンエミリーに抱かれるように私は産声をあげた。

    ■SE〜赤ちゃんの鳴き声

    「やった!」

    「ああ、よく生まれてきてくれた!」

    「エミリー・・・そうだ、お前は・・・お前の名前はエミリーだ!」

    「ようこそ!エミリー!ハリケーン・エミリー!」

    父が名付けたエミリーという名前通り、私は”ハリケーン娘”だった。

    週末はいつも父の車で5時間かけて、テキサス州のガルベストンビーチまで行き

    一日中サーフィンに明け暮れる。

    3歳から始めたサーフィンの技術はあっという間に上達した。

    6歳になると大人たちにまじって、1人で大きなボードに乗る。

    私は、右足を前にしてサーフボードに立つ「グーフィー」というスタンス。

    グーフィーのサーファーはあまり多くないからいつも目立っていた。

    地元でおこなわれるサーフィンの大会にも毎年出場。

    ”リトルグーフィー”と呼ばれて、みんなに可愛がられた。

    14歳。

    ハイスクールに入ると、放課後は毎日海へ。

    ライバルで親友のタミーと波に乗る。

    おしゃべりしながらパドリングして、たどり着いた沖合。

    波間にただよいながら、タミーに声をかける。

    「ねえタミー、トゥーランドットって知ってる?」

    首をかしげて不思議な顔をするタミー。

    そうか、タミーはまだ知らないんだ。

    「10年に一度テキサスにやってくるっていう大波よ」

    「私が8歳のときにこの浜にきたわ」

    「名前の意味?ほら、『トゥーランドット』ってオペラあるでしょ」

    「謎(なぞ)が解けない求婚者をすべて処刑した冷酷なお姫さま」

    「同じように、トゥーランドットに挑むサーファーはみんな処刑されるんだって」

    「ねっ、こわいでしょ」

    なんか、こういうのんびりした時間もいいもんだなあ。

    だけど、今日は私、タミーにつらい報告をしなくてはいけない。

    「実はね、私、トゥーランドットがくるときは、もうテキサスにいないんだ」

    「っていうか、アメリカにもいない。日本へ帰るの」

    タミーはうつむいて、無言になる。

    「そんな悲しい顔しないでよ、タミー」

    「たまには帰ってくるから」

    「日本だってサーフィンくらいできるわよ」

    ■SE〜波の音

    できなかった。

    私たちが帰ったのは、母の実家。

    高山という街だ。

    高山には海がなかった。

    地元の中学へ転入したけど、英語脳の帰国子女だから、なかなか馴染めない。

    ああ、波に乗りたい・・・

    落ち込む私に母が言ったのは・・・

    ”波なんてなくたって、雪でいいんじゃない?”

    雪・・・?スノーボード!?

    そっか、海はないけど、高山にはゲレンデがあるんだ。

    えっと、スノボってどうやって滑ればいいんだっけ?

    波を雪におき変えて・・・

    実際にはじめてみると、そんな簡単なものじゃなかった。

    サーフィンの重心移動は、波に合わせて『前足』『後ろ足』と使い分けるんだけど

    スノボは違う。

    つねに、前足に荷重をかける。

    ただ、荷重をかけすぎると、ノーズが雪に刺さってしまう。

    あ、でもパウダースノーを滑ると、ちょっとサーフィンと近い感覚かな。

    うーん、だけど私、ビンディングで足が固定されるのは好きじゃない・・・

    あれ?

    スノボにも「グーフィースタンス」ってあるの?

    右足を前に乗せる私のスタイル。

    これなら、いけるかも。

    よし、ちょっとがんばってみよっかな。

    ■SE〜ゲレンデのリフトの音

    戸惑いが嘘のように、私のボーダーぶりは板についていたらしい。

    2年目からもう大会に出場するようになった。

    グーフィースタンスがやっぱり私に合ってたのかな。

    私のニックネームは自ら名乗った”ハリケーンエミリー”。

    ゲレンデでもやっぱり私はハリケーンなんだ。(笑)

    高校に入学すると、友だちもできた。

    名前は、珠(たま)のように美しいと書いて『珠美』(たみ)。

    そう、タミー。テキサスの親友と同じ読みだったから一層親しみを感じた。

    しかも彼女もスノーボーダー。

    私たちは、市内でおこなわれるスラローム大会に競って出場する。

    優勝はいつもタミーか私のどちらか。

    お互いに競い合いながら迎えた2023年。

    今年も朴の木平(ほうのきだいら)のスラローム大会がやってくる。

    そういえば昨夜久しぶりにテキサスのタミーからTV電話があった。

    あ、そうか、今年か。

    もうすぐテキサス州のビーチに大波『トゥーランドット』がやってくる。

    スマホの画面越しにタミーの顔を見つめて、

    「タミー、私の代わりにトゥーランドットをやっつけて!」

    と、念を押す。

    ”あなたもスノボのスラロームがんばって”

    逆に励まされた。

    そしてスラロームの全国大会当日。

    なんと、3日前に発生した台風の影響で急遽中止の連絡が入った。

    珍しい12月の台風。名前はクラー。

    日本の台風って、コイヌとかウサギとかなんか名前が可愛いけど。

    それにしてもいまいましい台風!

    このまま指を加えてやり過ごすなんて絶対にいやだ。

    来年は私、東京の大学生だから、今年が最後のスラロームだったのに・・・

    誰もいないゲレンデ。

    私はボードを抱えてスラロームのコースをのぼっていく。

    今頃タミーはトゥーランドットに挑んでいるはず。

    私の相手は、台風クラー。

    私はスラロームコースのスタートゲートに立つ。

    そのとき、LINEが鳴った。

    着信は2つ。

    ひとつは、テキサスのタミー。

    ”いまからトゥーランドットのチューブに挑むわ。エミリーも台風クラーに負けないで”

    もうひとつは、日本のタミー。

    ”エミリーのことだから、いまごろスラロームのコースでしょ。がんばって。死なないでね”

    ありがとう。

    2人とも私のことホントによくわかってる。やっぱ友だちっていいな。

    さあ、行くわよ。

    かかってきなさい、台風クラー!

    絶対に負けないわ。

    だって私は、ハリケーンエミリーだから!